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抗生物質王国の夕日(追記)

過去の出来事に現代の目で指摘するのはやや残酷です。そんなことをしてしまえば、織田信長も徳川家康も単なる大量殺人者になってしまう。

ただ、厚生省・厚労省が医療費との絡みで抗菌薬を勝手に操作していた当時の記事は、現在の医師数などの調整で医療費を安易に削減に走って起きた「医療崩壊」とパラレルです。要するに同じ構造で間違い続けているのです。そして、その当時の失態が今にいたって改善されていない、そういう構造こそに問題があるのでしょう。

私は、少し前に結核行政の問題点にもの申し、厚生労働省結核感染症課の役人と議論しました。彼は亀田総合病院で研修を受けていて、まともな臨床医療とは何かをよく理解している人物でした(医師免許を持っていて医系技官だからといって「現場」を知っていると思ってはいけませんから、彼のような存在は貴重です。短期間の表面的な「見学」だけで終わっていることも多いのです。そういう人が「現場を理解しています」という場合が実は現場を全く知らない場合よりも危険が多いときすら、あります。でも、理不尽な異動でそういうアセットを無駄遣いしちゃうんだなあ)。

議論を尽くし、行政と医療現場のギャップを少しでも埋められれば、と期待したのに、今年、彼は別の省に異動してしまいました。こうして、1−2年おきのローテーション、ジェネラリストという名前の付いた、その実、生涯初期研修医状態の霞ヶ関の論理がはびこります。

歴史を振り返る場合も、事実や事物を見るのではなく、「構造」を見るのが大事です。感染症構造主義って感じでしょうか。

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