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2008年8月

易感染性という思考停止

この患者さん、易感染性なのでしばらく抗生剤残しておきたいんですが。
この患者さん、易感染性なので予防的に抗生剤使いたいんですが

このようなコメントをよく受けます、最近。確かに、その患者さんは、感染症のリスクが高まっています。

しかし、実は易感染性の患者というのは全然特別な存在ではありません。

外傷、熱傷患者は皮膚という強力な免疫機構に破綻をきたしており、易感染です。
免疫抑制剤を飲んでいる膠原病、炎症性腸疾患、自己免疫疾患、移植患者は易感染です。
悪性疾患があり、化学療法や放射線治療を受けている患者は易感染です。
術後の患者は易感染です。
低体温の患者は易感染です。
新生児、低出生体重児は易感染です。
脳外科手術後は(中枢神経の侵襲によるらしいですが)易感染です。
抗菌薬使用(!)は易感染に関係しています。例えば、真菌感染が増えます。
HIV/AIDSは易感染をもたらします。
透析患者は易感染です。そもそも腎疾患の存在そのものが易感染をもたらします。
慢性呼吸器疾患、慢性心疾患、慢性肝疾患があると、易感染です。
異物の留置は易感染をもたらします
急性腹症、急性膵炎は易感染をもたらします。
「高齢者」は易感染です。

などなどなど。普段は自分の領域の患者しか見ていませんが、私たちは、病棟外来、ありとあらゆる種類の患者さんの感染症をみてきました。多くの医師は「うちの患者は特別で、、、」とおっしゃいますが、私の目から見ると、
「患者はほとんど全員易感染性。易感染性のない患者を捜す方が難しい」
と思います。

もうひとつ、易感染性というリスクは、抗菌薬の使用によってヘッジ出来ません。抗菌薬を使うと、その薬が効かない感染症のリスクがむくっと増えていくだけです。ステロイド使用者のST合剤のように限定的な使用方法は確立されていますが、易感染性というキーワードで思考停止に陥り、術後にだらだら抗菌薬を使用したり、「予防的に」抗菌薬を出し続けることはリスクをヘッジしたことになりません。そして、抗菌薬の長期使用は真菌感染などの怖いリスクを増やしているのです。物事の利害両面を、透徹した、鳥瞰図的な視点でもう一度見直してみる必要があります。

主治医の患者に対するコミットメントがなければ医療なんてやってられませんが、逆にそのコミットメントが判断を迷わせる皮肉も併存しています。フッサールチックに、自我と第三者的な視点を行ったり来たりしながら、三角方的に妥当な判断を模索するより他ないようです。その時大事なのは、「易感染」といったキャッチーなキーワードで思考停止に陥らないことです。エコ、温暖化、医療崩壊といったキーワードで思考停止に陥らないのと同じくらい、に。

こんな話を今日はとあるがんセンターでやろうと思っています。

ほうれん草のパラドックスとは

 よく聞く教条的なフレーズには要注意です。それが普遍的に無批判的に普及していればいるほど、リスクも高まるようです。テレビで喧伝されるような「当然」と思われていることも、当然ではないかもしれません。このような頭の使い方で、一見観念的と思われがちな「哲学」が現場で活きてきます。

 例えば、私たちの業界では最近、no blame, no shameということがよく言われます。叱ってしまうと「研修医たちがさらに情報を隠そうとするかも知れない」(日本内科学会雑誌2008;97:174-)から叱ることなく、褒めましょうね、という考え方で、よく米国で使われる技法です。なるほど、一見するともっともな意見ですし、そういう側面はあるかも知れません。

 さて、ここでの「ほうれんそう」とは、ポパイの好きな、あのお野菜のことではなく、「報告、連絡、相談」のことです。研修医が情報を自分たちだけのプロパティーにしてしまい、指導医に伝えないとあとで困ったことになることがあります。「聞いてないよー」と指導医が嘆く一瞬です。研修医の一挙手一投足すべて監視することは物理的にも困難ですし、研修医だってやりづらいでしょう。しかし、ほったらかしで情報チェックをしないとときどきやばいことになるかもしれないのです。だから、報告、連絡、相談を十分にしてもらい、現場でのトラブルを回避しようとするのですね。
 さて、ここに一人の研修医がいて、この「ほうれんそう」を怠ったとしましょう。患者に不都合が起き、例えば合併症が起きてしまったとしましょう。指導医がその情報をもっていれば簡単に回避できたであろうトラブルです。
 さて、こういうとき、指導医は叱ってはいけないでしょうか。報告、連絡、相談を怠ったことが問題なのですから、それを叱責したとき、「報告、連絡、相談すること」を「隠す」という可能性は小さいと思います。なぜなら、もし「報告」を再び怠れば、さらなる叱責が待っていることは容易に想像できるはずだからです。むしろ、ここで下手に「褒めて」しまえば、「ほうれんそう」の重要性は研修医に認識されず、むしろまた同じ問題が起きてしまう「可能性」はあります(この、「可能性がある」という言葉はある種のオールマイティーカードで、使い方には要注意です。どんなときだって「可能性がある」といってしまえば、それまでで、それ故科学性に乏しい危険性があります。無謬であらゆる条件で使用できる言葉は、それ故に意味がないからです)。
 したがって、叱ることが隠蔽のリスクを産んでしまう「がゆえに」叱ってはならない、no blameでいこう、という主張は、「ほうれんそう」問題においては「原理的に」適用することはできないのです。そして、この例外事項1つが原理的に確かであるため、すくなくともno blameは原理的に、全てのシチュエーションでは応用できないことになり、一般化も困難であるということになります。
 私たち指導医は、no blameという言葉を聞いて無批判に飲み込んでしまうのではなく、他の全ての事物同様、no blameには原理的な制限limitationがあるので、使えるときと使えないときがあるよ、ということを理解しなくてはならないのです。

 とまあ、哲学的なアプローチはこのように現場で応用することが可能です。常套句、常識を疑うとき哲学とはパワフルなツールだからです。

 もっとも、上記のことは現場にどっぷり浸かっていれば直感的には「当たり前じゃん」という感じもしますね。褒めてばかりで指導なんて出来ないし、叱責したらいきなり隠蔽体質になる、と決めつけるのは、まるで「資本主義社会は必ず崩壊する」みたいなうさんくささを直感させます。でも、指導医講習会などに行くとno blameは大事、みたいな言説は山のように出てきます。それで指導医は現場の感覚との乖離を感じ、困難を覚えるわけです。

 もう少し、この問題を続けましょう。オリンピックでは日本野球は散々な負け方をしてしまいました。国内ではがっかりしたり、怒ったりといろいろな反応があったようです。エラーが続いた選手もいました。随分落ち込んだと思います。
 でも、オリンピックでエラーを続けたからといってプロの選手を辞めてしまうわけにはいきません。そうはいっても日本代表ですから自分のチームでは主力選手です。気持ちを切り替えて今日も明日もプレーしなくてはなりません。それがプロなのです。
 人間、反省しなくてはならないことはたくさんありますが、スポーツのエラーみたいな事象はさっさと忘れた方がむしろプラスのようです。下手に反省会とかしてしまうと、余計なフラッシュバックが起きてあまりいいことはありません(だから、エラーが続いたのかも知れません、オリンピックでも)。
 とはいえ、しばらくはこの選手への風当たりは厳しいと思います。相手チームサポーターからはきつーいヤジも飛んでくるでしょう。「○○選手の所へ打てば落としよるぞ!」くらいのことは言われそうです。
 それでも、プロはプレーで応えるしかすべがないのですから、ヤジにも負けず、批判にも負けずプレーは続けなくてはいけません。
 さて、何が言いたいかはだいたい伝わりましたでしょうか。no blameというのは結構大事なコンセプトで、医療現場でも応用可能です。特に未熟で緊張している初期研修医を教えるときは基本路線は褒めた方が有効なことが多いようです。
 しかし、たとえ「指導医が」叱らなかったとしても、プロの現場は世知辛いのです。患者や家族からの苦情、ナースからの叱責から完全にフリーで医者を続けていくことは不可能です(そんなひと、いるかな)。その苦情や叱責も、ときに、いやしばしば理不尽だったりするものですが、それでめげずに毎日がんばっていくのがプロの医師です。また患者が重症化したり、死亡することもあります。これらはショックな出来事ですし、辛い気持ちになります。でも、だからといってその度に落ち込んで次の日から職場に来れない、なんて医師では現場で機能しないのです。このように、困難や苦境に打ち勝つメンタルストレングスは、プロの医療者には必須の要素です。
 思うに、no blameとは、基本的にアマチュアの教育において有効な手法です。そろばんやフラダンスを習いに行ったら、毎日毎日褒め続けてあげればいい。どうせ失敗したってだれかに迷惑をかけるわけでもないし。
 しかし、プロの世界は違うのです。批判や苦情は必ず受けますから、指導医にちょっと叱られたくらいで萎縮されても困るのです。そのようなメンタルトレーニングも含めての研修医教育です。それから、患者が重症になったり自分のミスで患者を悪くしたときは、がーんと落ち込んでしまう「べき」です。自分の患者が悪くなっても知らん顔、という無責任な医師は情操教育上よろしくないわけで、こういうときもがーんと叱ってやって構わないのです。これは、「忘れてしまう」べき、といううえの主張と矛盾するわけではありません。患者に申し訳ない、とどっぷり落ち込む感受性と、それを乗り越える精神の強さを両方持っていなくてはダメでしょう、という意味です。落ち込んで立ち上がれないほど弱くてはダメですし、かといって全然気にならない、というほど無神経でも困ると言うことです。

 叱るか、褒めるかという二者択一の議論は、「ゆとりか、詰め込みか」というあの不毛な議論を思い起こさせます。そうではなく、あるべき議論は「どんなときに叱り」「どういう場面で褒めるか」というところだと私は思います。もっともこいつは本当に、本当に難しい問題なのですが。

味のあるワイン

これは、「あの」マンガで有名な
Saint Cosme

なでしこジャパンの先にあるもの

 なでしこジャパンはオリンピック4位。成績も見事ながら内容もすばらしく、ノルウェーやドイツという、10年前ならぼろ負けな相手でも互角かそれ以上に渡り合いました。本当に選手関係者の皆さんはご苦労様でした。

 とはいえ、ここが考えどころだと思います。「なでしこジャパン、よくやった」で終わってしまうと次のロンドンでは惨敗してしまいそうです。

 というのも、同じような歴史は繰り返されているからです。

 身体能力で劣る東アジアの国々で接触プレーの多い球技で勝つのは大変です。そこでテーマになるのはagilityです。素早くボールを動かし、1対1で勝負せず、運動量で勝ちまくって応戦します。これでうまくいったのが2002年の韓国=ヒディングサッカーでしたし、古くは1966年の北朝鮮もそうだったかもしれません。
 しかし、ヒディングサッカーが勝てるのは準決勝までなのです。短期決戦のワールドカップやオリンピックでは、過剰な運動量がより所のサッカーでは長持ちしません。準決勝あたりで限界が来ます。3位決定戦ではもろにでます。なでしこジャパンは前半ドイツを圧倒しましたが、後半はスタミナ切れでした。完全にドイツの作戦にはめられた感すら、あります。よく、日本の決定力不足が問題になりますが、へろへろに走り回って疲れ切った選手に決定力があるわけがないのです。走り回って運動量で上回るサッカーを目指す以上、その代償としてやってくる決定力不足は飲み込むしかないのです。ソフトボールの上野投手のような例外的なスーパースターがいれば話は別かもしれませんが、それは偶然のなせる業のような気がします。

 さて、なでしこジャパンが次に目指すは「今以上」のサッカーのはずです。だから、agilityをより所にした今の方法論では準決勝以上に進むのは困難です。ヨーロッパ選手権でもあれだけがんばったロシア=ヒディングが負けたのは象徴的です。

 そうすると、agilityを大事にする今の方向性は大事にしても、せめて予選リーグでは違う戦い方があるのだと思います。それは、「手を抜くサッカー」です。

 

優勝を本気で狙う国は予選リーグでは本気を出しません。予選はほどほどに手を抜いて、決勝トーナメントで尻上がりに調子を上げて準決勝、決勝で最高のパフォーマンスを出すのが理想的です。その典型は、例えば1982年ワールドカップのイタリアですし、1986年のアルゼンチンもそうでした。1998年のフランスワールドカップで日本はアルゼンチンと善戦しましたが、それは、アルゼンチンが予選リーグでは手を抜いていたから、という側面はあるのです。

 しかし、今回のなでしこは予選リーグから全力投球でした。余裕で逃げるサッカーができなかったからです。おかげで予選では米国とは善戦し、ノルウェーには大勝しましたが、失ったものは少なくなかったと思います。予選におけるサッカーをいかにしたたかに、上手に逃げ抜けるかが、今後のアジアのサッカーのあり方を占うと思います。

 1966年を最後に北朝鮮サッカーの活躍の場はありません。2002年に躍進した韓国ですが、お世辞にもサッカー先進国に出世したとは言えません(でも、ManUファンの私はもちろん、パクチソンは大好きです!)。一時の成功におぼれず、次のステージを上手にねらえるか、なでしこジャパンのロンドンに期待したいです。

 それにしても、サッカーといい野球といい、男子は惨憺たる状況です、、、、

南アフリカのカベルネ

これも安価なB級ワインですが、カベルネにしては香りが強く、いい感じです。

MAN vintners 2006 cabernet sauvignon

新しいガイドライン

新しいガイドライン
International AIDS Society USA panel JAMA 2008;300:555-

Scott Hammerたちによる国際エイズ学会米国委員会によるガイドライン。

・新しい薬は、maraviroc (CCR5 antagoist)、raltegravir(integrase inhibitor), etravirine (2nd generation NNRTI)である。

いつ治療を始めるか
・最近は、これが一番のトピックである。
・コンセンサスが得られているのは、CD4が200を切る「前に」治療をしましょうね、というものであった。
・あまり急に治療しない、というのは、薬の副作用や耐性が問題であったためだが、副作用の少ない新薬がでたこともあり、また早期治療の利益もだんだん理解され、「もっと早く治療」という流れにシフトしつつある。
・古典的にはnon-AIDS cancerといわれたものも、HIVの活動性と関係があることが分かってきた。これが、肺癌、肛門癌、頭頚部癌、Hodgkinリンパ腫などである。CD4が500を切ると発症しやすくなる。
・臓器障害もAIDSと関係あり。死亡率にはIL6レベルとかDダイマーが関連している。
・CD4が500を超えているとHIV感染がないときの余命が期待できる。J Acquir Immune Defic Syndr. 2007;46:72-
・で、HAARTを開始するのは、
1.症状のある患者全て(AIa)
2.無症状かつCD4が350かそれ以下!!(AIIa, AIIb)
3. CD4が350以上あれば、ケースバイケース(AIIa, AIIb)。CD4が急速に落ちてきたり(1年100以上の低下)、ウイルス価が10万個ピー以上ある場合は治療を考慮。心血管系のリスク、肝炎ウイルス感染の合併、HIVAN(HIV腎症)の合併も治療を考慮。
・喫煙、高血圧、脂質異常、糖尿病などは積極的に治療。
・治療をしなくてもよいCD4値の上限はない! there is no upper limit!!!
・悪性疾患のスクリーニングはちゃんとやろう。

何を使うか?
・感受性結果は参考に。
・ACTG51442を(NEJM 2008;358:2095-)では、エファビレンツのほうがロピナビル・rに勝っていたが、、、
・NRTIs 2つとエファビレンツ(AIa)か、PI/r(AIa AIb)が第一選択薬に。
・エファビレンツは妊娠希望があるか第一三半期の妊婦には禁忌。(その後は、いいのか)。
・ネビラピンは、エファビレンツがダメでかつNNRTIが使いたく、CD4が低いときはOK(男性で250、女性で400以下)。
・PIはlopinavir/r , atazanavir/r, fosamprenavir/r, darunavir/r, saquinavir/rがある。ガイドラインは優劣を特につけず。
・一番経験値が高いのは、lopinavir/r。長所は最初からリトナビルがついていること、冷蔵庫不要、1日2回(あるいは1回)使用もOKなこと。下痢と中性脂肪があがりやすいのが欠点。
・atazanavir/rはACCではlopi/rに劣る?と言われていたが、最近のスタディーでは遜色なしである。副作用は少ない。制酸剤の使用に要注意。
・fosamp/rは1日2回投与あるいは1回投与。副作用はlopi/rと同じ。
・saquinavir/rは1日2回。lopi/rと同等の効果、副作用は少ない。
・darunavir/rは1日1回。耐性ウイルスにも効くので、初期治療にはもったいないか。
・原則、リトナビルは噛ませるのが基本。副作用など問題があれば、例外的にかまさなくてもいい。
・nRTIsはtenofovir/emtricitabineかabacavir/lamivudine(AIa)。
・心疾患のリスクがある場合は、abacavirは避けた方がよいか。ウイルス価がとっても高い場合もツルバダの勝ちか。
・コンビビルは一歩下がった推奨。副作用が問題。
・結核治療などでPIやNNRTIが使えない場合、ABC/3TC/AZT/tenofovirのNRTI4剤というオプションあるそうな(BIIa)。
・VLが検出感度外、CD4が350以上なら、CD4は年二回の検査でもOKらしい(ただし、CIII)。
・ナイーブな患者全てにgenotypeの耐性検査を。
・ガイドラインではHLA-B*5701のチェックを勧められている。日本人では、どうか?(AIa)
・maravirocを使う前にはviral tropismをチェックする(AIb)。これは、CCR5受容体にくっつくウイルスだけかどうかを調べるため。CXCR4では、maravirocは効かない。
・TDMは通常不要。

いつ変えるか?
ここは、特に従来のガイドラインと変化なし。

多剤耐性HIV
・raltegravir400mg1日2回で、triple class resistant organismsで65%でウイルスは検出感度以下に。耐性には2つの突然変異が必要らしい。がんが増える?
・maraviroc。R5ウイルスに。ただし、tropism assayではX4 virusを見逃すことがあるらしい。
・etravirine200mg2回。darunavir/rなどと一緒に用いる。tipranavir/rと一緒に使っては、だめ。
・enfuvirtideも使ってね。

さらっと論文を、、、

8月7日号のNEJMはなかなかに面白い内容でした。

最初は、XDRTBは治療可能だ、という画期的な論文

難しいのは、初期治療から培養結果が出るまでに治療の組み直しができるか、という点かと思いました。変えるならごろっと変えないといけないし、、、あとはレスピラトリーキノロンはやはり結核治療の頼みの綱ですね。レスピラトリーキノロンは、レスピラトリーには使わない、というパラドキシカルなポリシーなら結核に立ち向かえるでしょうか。

次に、マラリア予防薬。旅行外来整備やマラリア患者の治療で最近マラリアの復習をすることが多かったですが、この論文はとてもよくまとまっていて頭の整理にはもってこいだと思いました。プリマキンの立ち位置についても分かりやすく解説してあり、妊婦や子供の予防についても気持ちのよい解説で、さすが、と言う感じでした。

次は、「変なtatooの話」です。おやじですいません。

最後は、NEJM屈指の好シリーズ、clinical problem solvingです。これはもう、読むしかありません。結核に似ているけど、という病気は一度まとめる価値があると思います。

次は、CID.脳炎のガイドラインです。まあよくこんな広範な内容をまとめたものです。ただ、脳炎の診断についてはもう少し包括的な説明がほしかったです、、、

子供のインフルエンザにどの薬がいいか、という日本発の論文です。

私たちのレターも出ています、、、、、


島根のワイン!

島根のワインと言えば「まずい」の一言でした。甘く、ぶどうジュースにアルコールをぶちこんだだけ、という味で、観光バスで来た客たちが試飲無料で楽しく飲んでいく、というイメージでした、、、

ところが、既成観念にとらわれると足下が見えなくなるようで、、、、

奥出雲ワインシャルドネ 2006

これは、B級以上のできです。本当においしい。この暑い暑い夏なので、赤の好きな私もきりりと冷えた白に軍配が上がります、、、、、

日本酒は自慢できるものが多い我が故郷ですが、ワインでもお奨めできるものをみつけてとてもうれしいです。

飛べない豚は、、、

 宮崎駿監督の映画でベスト3に(個人的に)入れているのが、「紅の豚」です。ぽにょはまだ観ていませんが、、、、、ここ10年くらいの宮崎映画は妙に「PTAご推薦」的なニオイが強くて、2回以上観る気にはなれません(映画としての完成度は高いと思いますが)。

 「紅の豚」はけっこう、PC的にはまずい映画です。インモラルなところもあります。主人公はたばこをぷかぷか吸っていますし、吸い殻も平気で「環境」に捨てています。「女のくせに」とかヤバゲな台詞も平気で出てきます。でも、そういうインモラルな部分があるからこそ、映画としての「厚み」もでてきますし、主人公に入れ込むこともできるのだと思います。「女の手で人を殺す戦闘艇を作る罪をお許しください」と工場のじいさんが厳粛につぶやいた直後に、「さーてもりもり食べてびしばし働こう!」ところっと、ころっと明るくなるあたりもいい感じです。

 最近の宮崎映画はこうしたインモラルで、どきどきするような映画の原点、面白さを全部封印してしまったように思います。道徳的で文化的で映画の完成度も高く、教育者や評論家の評価は高いが、つまらない。しびれるかっこいい主人公も、美しいヒロインも封印され、妙にリアリティーの高い人物(女たちもどんどんブスになっていきます)ばかりが銀幕を飾るのです。

 かつて、「ルパン三世カリオストロの城」のころに、ヒロインのクラリスをさして「おしっこもうんちもしないようなキャラだ」と批判されたとき、宮崎監督は「じゃ、あなたはおしっこもうんちもするようなキャラを観たいんですか?」と反論しました(台詞の細部は、うろ覚え)。

 映画や小説の一番美しい部分である、そういったロマンティシズムは年が過ぎ、「巨匠」になっていくうちに失せていきます。かつての黒澤明監督がそうでした。彼の晩年のカラー作品も芸術品としては価値が高いかも知れませんが、シンプルに面白くないのです。

 「カリ城」「用心棒」「豚」「七人の侍」などは、何度もDVDで見かえしましたが、何度見直しても面白い。本日の「豚」も娘といっしょに楽しんだ、日曜の午後のひと時でした。

新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップ

●第1回新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップ●

ご案内

H5N1高病原性インフルエンザのアウトブレイク、大流行の危険が懸念されます。目に見えない感染症と対峙する場合、各セクション担当者の効果的なリスクコミュニケーションの実践は必須です。
 今回、神戸大学都市安全研究センターでは、全国の感染症を担当する行政関係、保健関係、医療関係者を対象に、現場で行うリスクコミュニケーションの実践を習得するためのワークショップを企画いたしました。ぜひご参加くださいますよう、お願い申し上げます。

主催 神戸大学都市安全研究センター 
協力 NPO法人 HAICS(ハイクス)研究会
日  時 2008年10月4日(土)  午前9時30 分から午後5時まで
会場 神戸大学医学部付属病院 第二会議室
   神戸市中央区楠町7丁目5-2  (代表)Tel. 078-382-5111
  ■神戸市営地下鉄大倉山駅より徒歩5分
  ■JR神戸駅及び高速神戸駅より徒歩15分
  ■JR神戸駅より神戸市バス9系統または110系統に乗車、大学病院前下車
  ■JR神戸駅前よりタクシー約5分  ■JR新神戸駅前よりタクシー約10分
参加対象 全国の新型インフルエンザ対策に従事する行政、保健、 医療担当者
プログラム
9:00より受付開始
1 9:30- 9:35 開会挨拶        神戸大学都市安全研究センター長 有木康雄
2 9:35-10:00 アイスブレーキング
3 10:00-10:15 イントロダクション「リスクコミュニケーションとは何か」
 神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野 岩田健太郎
4 10:15-11:25 ミニレクチャーとロールプレイ「リスクコミュニケーション基本編」 
                                     岩田健太郎
5 11:30-12:45ミニレクチャーとロールプレイ「リスクコミュニケーション実践編・電話対応」        コミュニケーター/(財)生涯学習開発財団 認定コーチ  佐々木美穂
12:45-13:45 昼食・休憩
6 13:45-14-45 レクチャー 「医療事故・有害事象の報道公表」
神戸大学医学部附属病院 医療安全管理室 准教授 副室長&総括リスクマネージャー 
江原一雅
7 14:50-15:50 レクチャー 「行政の立場から」
厚生労働省新型インフルエンザ対策推進室 石川晴巳
8 15:50-17:00 質疑応答 振り返りとフィードバック 意見交換 アンケート記入
17:00 終了予定

参加費  3,000円 当日受付時にお支払ください。
申込方法  添付の申込用紙にご記入の上、申込先までFAX、またはe-mailでお申込ください。
定員 30名
締め切り 2008年8月30日(土)到着分
申込先 「新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップ事務局」
   担当:鍵田祐子(神戸大学附属病院感染症内科)
TEL:078-382-6297 FAX:078-382-6298                  
e-mail:ykagitaアットマークmed.kobe-u.ac.jp


以下の事項をご記入の上、上記申し込みください。

2008年10月4日(土)開催の第1回新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップに参加申込みします。

フリカナ
氏名
所属施設名 施設名:

職種・役職:


連   絡   先
電話:
FAX:
メールアドレス:

質問事項:
お知らせいただきました個人情報は本ワークショップ開催の目的のみに使用し、第三者に開示することはありません。

申込先: 「新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップ事務局」
   担当:鍵田祐子(神戸大学附属病院感染症内科)
TEL:078-382-6297 FAX:078-382-6298                  
e-mail:ykagitaアットマークmed.kobe-u.ac.jp

(記入した申込書をFAXまたはメールで返信、あるいは内容をメールでお知らせ下さい。)

透析療法と感染対策

11月に薬剤師さん達を対象に行う講演の資料です。

 重症感染症やその治療はしばしば腎不全を起こし、腎疾患を持つ患者は感染症に罹患しやすい。腎疾患と感染症には深い関連がある。腎疾患患者の様相を劇的に改善した透析療法であるが、その透析療法そのものも感染症と深く関わっている。今回は、腎疾患、透析療法、そして感染症というトピックを考えてみたい。

・中等度の敗血症では、4人に1人が腎不全、血液培養陽性になる敗血症性ショックの2人に1人が腎不全になる。感染症と腎不全は切っても切れない関係である。
・敗血症で腎不全になるのは、acute tubular necrosis(ATN)によることが多い。
・「大量抗菌薬」をもちいると腎不全になる、という伝説には要注意。たしかに、アミノグリコシドなどはそうだが、βラクタム薬は間質性腎炎(アレルギーII型)の原因であり、容量非依存性。腎機能に応じて投与量は調整するが(血中濃度を安定させるため)、それと「腎臓によくない」と解釈するのは、筋違い。
・逆に、アミノグリコシドは腎機能障害のある患者、高齢者では極力避けるか、使うにしても短期間で中止する方がよい。
・ただし、腸球菌の心内膜炎の場合はアミノグリコシド長期投与が避けられないことが多い。腸球菌に対してβラクタムは静菌的にしか作用しないから、シナジーが必要だからである。バンコマイシンにアミノグリコシドを噛ませるかについては、異論があり、controversial。副作用もシナジスティックに起きるからである。
・バンコマイシンは以前と異なり、腎不全の原因となることは極めてまれ。以前は混入物のためにしばしば腎不全の原因となっていた。バンコマイシンを用いていて腎機能が悪くなったら、血中濃度が高すぎるか、何か別の原因があると考えた方がよい。
・バンコマイシンの至適血中濃度は不明である。臨床症状も見ながら判断するべきで、杓子定規に5−10といった数字を設定すべきではない。
・溶連菌感染後の糸球体腎炎は有名。抗菌薬投与で予防できないのが悩み。尿検査をルーチンでやる必要はあるか?無症候性血尿を見るだけなら、臨床的には価値は小さいか?
・尿毒症があると免疫機能が修飾されると昔から考えられてきた。免疫システムの慢性的な活動性と反応性の低下が相まって、全体的には免疫機能異常になっていたのだという。この辺は理論値、実験値からの仮説なので、臨床的にどうなのかh、はにわかには分からない。
・その証拠として有名なのは、透析患者のB型肝炎ワクチンの陽性率がぐっと低い、などの観察に示されている。他にも、破傷風トキソイドや肺炎球菌ワクチンの反応も低い。
・end-stage renal disease(ESRD)患者は、一般人より死亡率(crude mortality)は20倍高いといわれる。一般人の死亡原因は心疾患、悪性疾患が多いが、ESRD患者では感染症が多く、死亡原因の第2位である。敗血症と肺炎で死亡者全体の10%程度を占めている。

透析患者と敗血症

・SIRSが感染症によって起きるものを敗血症と言い、それにより臓器障害が起きれば重症敗血症(severe sepsis)、それによりショックになれば敗血症性ショックである(septic shock)。「もともと」腎機能が悪いことを理由にsevere sepsisと呼ぶ必要はない。
・重症敗血症、敗血症性ショック(severe sepsis, septic shock)は内科エマージェンシーである。
・Critical Care専門家からは、Surviving Sepsis Campaignといった診療ガイドラインが出ている。
->参考 http://www.survivingsepsis.org/
最新のガイドラインは大人で2008年、小児で2002年である。上記のサイトから、ガイドライン、ポスター、PPTファイルまで全部手に入る。太っ腹!

敗血症の定義
・American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicineによると、感染症があって、SIRSがあれば、敗血症である(1992)。
・bacteremia(菌血症)と敗血症が同義でない、ということは知っておくべき。
・severe sepsis/septic shockの血液培養陽性率は50%に過ぎず、20−30%ではどんなにがんばっても(他の方法でも)感染源を特定できない。
・SIRS, systemic inflammatory response syndromeは、以下のうち2つ以上あればOK.
1.体温が38℃以上、あるいは36℃未満
2.心拍数が90/min
3.呼吸数が20/min、あるいはPaCo2<32Torr
4.WBCが12000/CC以上、あるいは4000/CC以下、あるいは未熟杆状球が10%以上

・SIRSがあっても感染症でない(すなわち敗血症でない)ことが多いのには、注意
・また、上記の条件を満たすものには重症患者もいるが、結構軽症で済んじゃっているものもいるので、なかなか判断は難しい。
・別にSIRSがあるからといって、フルワークアップが必要だったり、広域抗菌薬が必要である、という意味ではないことは理解しておく必要がある。
・で、ここでsevere sepsisという概念が出てくる。これはsepsisに加え、1つ以上の臓器障害が生じている場合を指す。
・臓器障害とは、acute lung injury, renal failure, coagulation abnormalities, thrombocytopenia, altered mental status, renal, liver, or cardiac failureなどを意味する。DIC、あるいは血小板減少などもsevere sepsisの定義を満たす条件なのは要注意。血液内科の先生に言われなくても、血液は立派な臓器であり、輸血は臓器移植の一種なのである。
・ただし、臓器障害といっても、もともと既往にある場合だってあるし、敗血症が原因でない臓器障害だってあるだろう。だから、ここでも杓子定規に「条件を満たすか」という穴埋め問題をやってしまうと、臨床的には判断を誤ってしまう。
・septic shockは敗血症に加え、「輸液に反応しない」低血圧、すなわち収縮期血圧90mmHg未満あるいはmean arterial pressure(MAP)65mmHg未満(成人)、あるいはベースラインの血圧よりも40mmHg以上収縮期血圧が下がって輸液に反応しない場合を指す。ベースラインの血圧は、よく研修医の先生は見逃しているけれど、結構大事である。というか、全てのパラメター(所見、血液検査など)において、ベースラインの把握は大事なのである。クレアチニンが普段0.5のひとが、0.9で来院したとき、腎臓が大丈夫だと即断してはいけない。
・血圧が低いだけではなく、「輸液をしても反応しない」ことが大事である。ある学会で偉い先生に、「輸液でよくなった敗血症性ショック」の話をされて話が全然かみ合わなかったことがあります。
・どうも、SIRSがあるだけでは予後悪化因子とは言えないようである。Ann Emerg Med 2006;48:583およびChest 2006;129:968を参照。白血球が高いから予後が悪いというのもおかしいし、呼吸数も30を越えるといけないが、、、、、繰り返すが、SIRSの存在イコール予後の悪い患者というレッテルを貼ってはいけない。
・他方、severe sepsis, septic shockの患者の予後は悪い。
・敗血症性ショックの治療は、early goal directed therapy. 大量輸液を、躊躇無く行う。
・無尿の患者にオートマティックにラシックスを使ってはいけない。「何故無尿なのか」考える。敗血症性ショックで無尿の場合、ラシックスは禁忌で、むしろ大量輸液が大事である(ただし、後期ではラシックスをもちいるが)。

・敗血症の死亡率は透析患者で100−300倍、腎移植患者は20倍とか。糖尿病があるとこれはさらに高くなる。
    Kidney Int 2000;58:1758-
・敗血症のリスクは血液透析患者の方が、腹膜透析患者よりも多い。
・逆に、敗血症を起こすと、透析に入りやすい。
・中心静脈ライン、透析カテは感染のリスク
・鎖骨下、経静脈に比べて鼠径部はリスクが高い。
・グラム陽性菌が原因の敗血症が多い。グラム陰性菌やカンジダも要注意
・合併症に要注意。心内膜炎、椎体炎は多い。腰痛、発熱はそうでないと分かるまでは椎体炎。椎体炎を見たら、心内膜炎を疑う。頭に飛ぶ前に治療するのが肝心
・カンジダ血症をみたら、必ず眼内炎を考える。
・血液培養は2セットとるのが原則。透析患者ではとりにくいが、、、、
・心内膜炎を疑ったらDukeの基準を用いて診断を行う。経胸心エコーは感度が低いため、経食道エコーがベター。
・治療期間は最低4週間と長い。抗菌薬は短く切るのが原則とよく言われるが、それは診断次第なので、長期投与も必要な場合を理解するのが大事である。他に、化膿性関節炎、椎体炎、膿瘍性疾患など。
・敗血症における血漿交換の価値は微妙である。米国のガイドラインでは「エビデンス不十分」として推奨していない。あるスタディーでは有意差が出たが、コントロール群の年齢が高いなど問題のあるプロトコルであった。
 Intensive Care Med 2002;28:1434-
 こちらのスタディーでは、有意差無し
 Crit Care Med 1999;27:2096-
・予防が大事。maximal barrier precautionを。
・anticiotic lock therapyも有効か。
・イソジンよりはクロルヘキシジン2%製剤の方が好ましいと考えるが、日本にはない。

透析患者と、肺炎

・実は、肺炎は多い。一般人の20倍。
・肺炎後1年間の死亡率はなんと45%。一度入院してしまうとあれやこれやで死亡率は高くなる。
・予防が大事。インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンを全ての透析患者に!

感染症と、心血管系疾患

・感染症を起こすと、心臓も悪くなりやすい。心臓が悪い患者が感染症を起こすと予後が悪い。
 Ramirez J et al. Acute myocardial infarction in hospitalized patients with community-acquired pneumonia. CID 2008;47:182-
 Foley RN et al. Septicemia in the United States dialysis population, 1991 to 1999. J Am Soc Nephrol 2004;15:1038-45

・クラミジア感染との関連やピロリ菌感染との関連も取りざたされたが、よく分からない。炎症との関連はよく言われていて、CRPは今このために測定されている。アジスロマイシンのトライアルは陰性だった。

・開発中 黄色ブドウ球菌、緑膿菌ワクチン

腹膜炎

・本当にやりづらい。
・皮膚の細菌が入り込む。ブドウ球菌が多い。水が好きな緑膿菌も
・間違って液がコンタミした場合、2日間予防的抗菌薬をもちいた方がよい。カテーテル挿入時、観血的な歯科治療時、大腸ファイバーでも考えた方がよい。
Perit Dial Int 2005;25:107-
・Y-setが感染を減らしている。
・ムピロシン鼻につけて除菌、、、、腹膜炎そのものは減らないか。刺入部に塗ってもあまりインパクトなし。
・ゲンタシン軟膏で、緑膿菌感染を減らせる?
 Bernardini et al. Randomized double-blind trial of antibiotic exit site cream for prevention of exit site infection in peritoneal dialysis patients. J Am Soc Nephrol 2005;16:539-

その他

・透析センターは感染症流行の震源地。広くて、人がたくさんいる。
・医療者のインフルエンザや百日咳に要注意。咳、熱があれば勇気を持って休もう。アウトブレイクを起こしたら、やぶ蛇です。
・結核患者に要注意。肺結核が臨床的に疑われたら個室で透析を

腎不全と抗菌薬投与
・腎機能に応じて、抗菌薬投与量は調整されねばならない。
・腎不全患者は腸管浮腫などで消化管からの抗菌薬吸収は低下している可能性がある。重症患者では点滴投与がベター。逆に、肝でのfast pass effectが低下していることもあり、その場合は血中濃度が上昇することも。
・タンパク低下に伴うunbound antibioticの増加が臨床的にもたらす影響については、不透明なことが多い。
・通常は、Cockroftの簡易式でGFRを計算し、それを用いる。実体重と理想体重どちらを用いるかは議論があり、Pesolaらは理想体重の使用を提唱した。理想体重はpalmpilotのMedCalcなどで簡易に計算できるが、
男性で 50kgに、150cmから1インチ増すごとに2.3kg足し、
女性で 45.5kgに、150cmから1インチ増すごとに2.3kg足すと計算できる。面倒くさい。
・乏尿があったり、クレアチニンレベルがどんどん上がっているときは、クレアチニン・クリアランスは10mL/min以下と解釈すべきである。
・トリメトプリムは腎機能と関係なくクレアチニンレベルをちょびっと上げるので要注意。セフォキシチン、セファロシン、5FCでも同様の現象が報告されている。
・高齢者のクレアチニン1.0は決して正常ではない!!!
原則
・初回投与は、全ての抗菌薬において、最大量を投与する!
・初回投与からは、教科書を見ながら腎機能に応じて投与方法を調整する。サンフォードガイドが便利である。
・投与量を減らすか、投与間隔を増やすかは、どちらでも良いことが多い。ただし、教科書的に
「投与間隔を増す」ものとして、
ストレプトマイシン、セファゾリン、セフェピム、セフォタキシム、セフォキシチン、セフポドキシム、セフタジジム、セフロキシム、セファレキシン、ダプトマイシン、スルバクタム、サルファメソキサゾール、テイコプラニン、トリメトプリム、アモキシシリン、アンピシリン、ピペラシリン、ノルフロキサシン、テトラサイクリンなどがある。
「投与量を減らす」ものとして、
セファクロル、セフィキシム、セフォテタン、クラリスロマイシン、エリスロマイシン、アズトレオナム、シラスチン、クラブラン酸、イミペネム・シラスタチン、ertapenem、メトロニダゾール、タゾバクタム、ペニシリンG、シプロフロキサシン、ガチフロキサシン、オフロキサシンなどがある。
と、教科書にはあるが、ピペラシリン・タゾバクタムはどうすればいいの?という素朴な疑問も湧く。

・血液透析による薬物クリアランスには様々な要素が関与している。カラムによっても異なる。その為、透析後に追加抗菌薬投与を行うことが多い。
・いちおう、尿素クリアランスを指標にした計算式もある。
Kx=Kurea x 60 /MWx で、Kureaは尿素クリアランス、MWxはXという名の抗菌薬の分子量、Kxは抗菌薬xのクリアランスである。現場で使ったことあるのを、見たことがありません。

・continuous renal replacement therapy (CRRT) 持続的腎代替療法
 日本では血液濾過透析CHDFを行うことが多い。CAVHD, CAVHDF, CVVHF, CVVHDFなどがある。私もよく理解していないけれど、以下が原則らしい。
・動脈内抗菌薬濃度と静脈内抗菌薬濃度は同じと(いちおう)考える。だから、AV,VVの区別は不要。
・血液濾過にて除去される抗菌薬の効果をsieving coeffieicnt(SC)と呼ぶ。限外濾過液と血清の薬の比率をいう。例えば、アミカシンのSCは0.9(結構濾過される)、アンホテリシンBは0.3(あまり濾過されない)、イミペネムは1(全部濾過される)。
・CRRTはこれを「持続で」行うので、濾過される抗菌薬は以下のように計算される。
除去される抗菌薬の量(mg)=限界濾過液濃度(mg/L)x濾過速度(L/min)x 濾過時間(min)

 濾過速度が速ければ速いほど、濾過時間が長いほど、よく除去される、ということです。
 まあ、これにタンパク結合率など不確定な要素が絡みますし、限界濾過液濃度は通常の現場では測定しません。SCを使って予測するにしても、濾過だけなのか、濾過と透析両方やるとどうなのか、といった問題はあると思います。この辺、薬理学の先生のほうから分かりやすい表を作ってくれると嬉しいです。今のところ、CRRTを受けている患者の場合、私はサンフォードの通りに投与していますが、間違っているかもしれません。ご意見があったら教えてほしいです。

まとめ
・透析患者は感染症が多い。
・特に、異物感染に要注意
・感染症を起こすと腎不全、透析になりやすい。
・予防が大事。インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンを
・やっぱり、腎移植が望ましい、か。

参考
Foley RN. Infections in patients with chronic kidney disease. Infect Dis Clin N Am. 2007;21:659-72
Livornese Jr LL et al. Use of antibacterial agents in renal failure. Infect Dis Clin N Am. 2004;18:551-
深川雅史、吉田裕明、安田隆(編集) レジデントのための腎疾患診療マニュアル 医学書院

白血球の使い方

White blood cell count is often ordered inappropriately and has almost no value as a screening test.....

Wallach J. Interepretation of Diagnostic Tests. 8th ed.

 白血球の話をします。白血球カウントは現場でよく行われていますが、その実その意味が理解されていない、という意味ではCRP同様です。そして、CRPとことなり、WBCは米国でもよく計測されますが(習慣的に)、その意味するところはあまり理解されていません。米国の医師は検査を十分吟味して行う、とときどき言われますが、私はその見解には疑問を持っています。確かに、相対的には日本の大学病院の医者よりはずっとマシだと思いますが。
 あるドイツ人の医師が「カリウムだけ」オーダーしていた日のことを私は忘れられません。米国人の医者も結構適当、いい加減、「前からやってるから」「みんながやってるから」という理由で検査をオーダーしています。

 さあ、その頻用される白血球ですが、どのように用いればいいのでしょうか。

白血球が高い!

・白血球やその分画で細菌感染か非細菌感染かを峻別する能力は低いとされます。極端に高い場合などは別ですが、予後決定因子としても使いにくい。ちなみに、PSI(pneumonia severity index)では白血球数については、肺炎の30日後死亡率との関連が得られませんでした。
・白血球の形態についてはどうでしょう。Dohle's body, toxic granulation, vacuolesなどがアネクドータルに紹介されています。私も研修医の時は、「toxic granulationがあって、、、、」なんて言っていましたが、使えるかどうか、、

好中球増加(8000以上)

・もちろん、よくあるのが炎症性疾患
・肺炎、髄膜炎、咽頭炎、膿瘍などの感染症
・リウマチ熱、血管炎などの非感染症、痛風発作
は有名です。有名すぎて、白血球が高くってもそれそのものがほとんど情報として使えないくらいです。

では、見逃されやすい白血球増多の原因としては、、、、

・尿毒症
・アシドーシス
・子癇(eclampsia)
・水銀中毒
・エピネフリンの使用
・クモ咬傷
・予防接種
・急性出血(消化管出血でよく白血球は上がります。コンテクストを考えましょう。コンテクストを考えないで、研修医が「感染症の合併を疑って抗生物質使いました」なんてプレゼンをするのを聞いたことがあります)。
・急性溶血性貧血
・骨髄増殖性疾患
・組織壊死
・心筋梗塞(これもコモン!)
・腫瘍壊死
・熱傷

さらにさらに
・運動(それだけ?)
・感情的なストレス(まじで?)
・生理
・分娩(何と!)

このように「炎症が無くても」白血球はよく上がります。

まだまだあります。
・ステロイド使用(これは有名。実際の白血球増加ではなく、周辺にある白血球がカウントされるようになっただけの「見かけ」の増加ですが。逆に、ステロイド使用時に毎日毎日どんどんどんどん白血球が増えている場合は要注意。「ステロイド使ってますから」なんて看過していると重大な感染症を見落としていたりしますよ)。プレドニゾン40mgを使うと好中球が1,700から7,500増えるのだそうです。しかし、4−6時間でさくっと増えた後は24時間以内に正常範囲内に戻るのだとか。むしろ、リンパ球や単球は減ると言います。

リンパ球増加(成人で4000以上、青少年で7200以上、小児だと9000以上)

・感染症
特に有名なのが、百日咳、伝染性単核球症、感染性肝炎、サイトメガロウイルス感染、ムンプス、風疹、水痘、トキソプラズマ症などです。
結核や急性感染症の回復期でも上昇します。

他にもリンパ球増加の原因として
・Addison病
・Crohn病
・潰瘍性大腸炎
・白血病
・血清病(ありましたね!)
・薬物過敏症
・血管炎
などがあります。

杏林大学の皿谷先生のブログで知ったのですが、

Lymphocyte count/ WBCのtotal countが、0.35以上ならば伝染性単核球症である確率は、感度90%,特異度100%なのだそうです。化膿性扁桃炎との鑑別に有用なのだとか。

Arch Otolaryngol Head Neck Surg. 2007 Jan;133(1):61-4

ただし、著者らもこのスタディーを「パイロットスタディー」だと位置づけていますし、レファレンスはモノスポットテスト(日本ではあまり使われないIMの検査。感度が低いのが難点ですし、特異度もちょっと、、、SLEやリンパ腫でも陽性になることがあります)なので、ちょっと慎重に見る必要があると思います。なお、IMをみたら、必ずHIV感染を考えましょう。

さて、IMといえばatypical lymphocytes. 非定型リンパ球です。これはどうでしょうか。実は、他の疾患でも上昇するので注意が必要です。怖い病気もありますよ。
・リンパ球性白血病
肝機能、LDHの時に話をしましたが、IMと血液疾患を区別するのは結構難しいときがあります。時が解決してくれることも多いですが。
他にも
・百日咳(これは有名)
・ブルセラ症
・(ときに)梅毒
・トキソプラズマ症
・血清病や薬物過敏
そして、
・正常人でも6%までの非定型リンパ球は見られる
ですって。

単球増加(分画で10%以上か、絶対値で500以上)。

単球なんてあまり注目しないことが多いかもしれませんが、これが高いと
・Hodgkin病などのリンパ腫
・白血病
・骨髄増殖性疾患
・Gaucher病などの脂質蓄積性疾患
などが隠れていることがあるそうです。そうやって診断したこと、ないですが。
他にも
・脾摘後
・マラリア
・カラ・アザール
・ロッキー山脈紅斑熱
・チフス
・亜急性心内膜炎
・結核
・ブルセラ症
・サルコイドーシス
・RA,SLEなど膠原病
などで上昇するそうですが、臨床的には役に立つかなあ。「単球上昇をきっかけに診断できたマラリア」なんて聞いたことないし、、、、まあ、敢えて言うなら、結核ではちょびっとヒントになることがありますが。

単球上昇はあまり診断には寄与しないと思いますが、「単球減少」をきたす疾患は教科書には一つしか書かれていませんでした。これは、役に立つかな?
・hairy cell leukemia
何と、、、、

形質細胞の増加
・感染症じゃないことがほとんどで、血液疾患などがほとんどです。肝硬変やRA、SLEでも上がることがあるそうです。感染症では結核、梅毒、マラリア、旋毛虫症などで上昇、と教科書にはありますが、診断に寄与するかというと、、、、、

好塩基球
・感染症的にはあまり役に立ちません。血液疾患でもあまり、、、これでCMLを診断できた、みたいな話は少ないようですが。

好酸球増加
・これは結構大事。いちおう、250以上で異常です。
・アレルギー、寄生虫がメインです。
・寄生虫では、単細胞の原虫では上がることはなく、多細胞の蠕虫で上昇することが多いです。アメーバ肝膿瘍とか、ジアルジア、マラリアでは好酸球は上がりません。
・逆に、住血吸虫症、糞線虫症などでは上昇していることが多いです。HTLV-1陽性で好酸球が上がっていたら、便の生スメアを見ろ!というのが沖縄中部病院の鉄則です。
・コクシジオマイコシスの初感染、アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)でも上がることがあります。ABPAは厳密には感染症というよりアレルギー性疾患ですからむべなるかな。決して「肺アスペルギルス症」というファジーな病名をつけてはいけません。
・猩紅熱、(マイコプラズマ感染などで起きる)多形滲出性紅斑、クラミジア感染、ネコひっかき病、ブルセラ症など非寄生虫感染などでも上昇するとか。
・periarteritis nodosa, RA, SLEなど結合組織病でも上昇しますが、一番有名なのは、これも喘息チックなChurg-Strauss 症候群。喘息症状で好酸球が高くて、ニューロパチーなんかあるとこれを考えます。
・白血病、リンパ腫でも上昇します。
・脾摘後にも上がるんですって。
・Wiskott-Aldrich, GVHD, cyclic neutropenia, IgA deficiencyなどでも起きるそうです。
・好酸球性腸炎、炎症性腸疾患、などの消化器の炎症
・有名なのはAddison病!
・他にも、多種多様な固形がん、サルコイドーシス、リン中毒、クモ咬傷などで上昇するとか、、、、
・私の場合、入院中に発症したかどうかで分けます。入院中ならほとんどお薬です。たまに副腎不全。外からくる患者であれば随伴症状で絞っていきます。ABPA、Churg、Addison、寄生虫感染などは常に注意です。HTLV-1と糞線虫は、住んでいる場所によっては重要です。

類白血病反応
 leukemoid reactionと英語ではいいます。日本語だと硬い表現ですが、要は「白血病もどき」です。
 重症感染症により白血球数が異常に増加し、末梢血に芽球が見られることもあります。通常は白血球数は5万以上に上がります。
 感染症と診断されていてこのような現象があれば、「やや、白血病の発症か」なんて思わなくても通常は大丈夫です。オッカムのカミソリを使い、急性疾患がいくつも偶然重なることはまれであり、急性感染症で入院した人が、たまたま偶然白血病も発症するなんて確率的には考えづらいからです。もっとも、最初の「感染症」の診断が誤診で、実は最初から白血病だった、というシナリオには常に注意しなくてはいけません。
 類白血病反応は原疾患の治療だけで良くなります。白血球がいくら高くてもそれで死亡率が上がるわけではないので慌てる必要はありません。また、これはエビデンスが強固ではないですが、類白血病反応が有意に脳梗塞や心筋梗塞など血管閉塞性疾患を増やすことはないと考えられています。予防的なアスピリンやヘパリンも不要だと考えます。


あと、喫煙も白血球を増やします。これも健診なんかでよく紹介される理由です。あれやこれやの抗生物質を「白血球を下げるために」投与されたあげくに紹介されたことがありますが、禁煙で下がりました。抗生物質投与の前に、必ず患者は診察しましょう。

好中球が低いとき
・まず、薬を考えます。サルファ剤、サイアザイド利尿薬、プロピルチオウラシルなどなど。
・あとは、化学療法ですか、、、
・血液疾患があるときは、「白血球正常あるいは増加」でも実際には悪性細胞だけで、好中球減少だったりします。要注意。
・cyclic neutropeniaという時々熱が出て好中球が下がっている遺伝子疾患があります。このような周期性の熱にはしばしばお目にかかりますが、あいにくcyclic neutropeniaはまだ見たことがありません。

リンパ球が低いとき
・化学療法で下がります。ステロイドでも(白血球は増えるのに)下がるのは、意外に知られていないので要注意。Cushing病もね。
・Hodgkin病などの血液疾患、Wiskott-Aldrich, ataxia telangiectasiaでも下がります。combined immunodeficiencyは成人の先天性免疫不全ではもっともコモンですが、これでもリンパ球が下がるそうです。
・SLE,HIV、アプラ(再生不良性貧血)、粟粒結核、腎不全、重症筋無力症は忘れないように、、、、

参考
Jacques Wallach. Interpretation of diagnostic tests. 8th ed. Lippincott Williams and Wilkins.
田中和豊 問題解決型救急初期検査 医学書院
Talan DA et al. Severe sepsis and septic shock in the emergency department. Infect Dis Clin N Am 22(2008)1-31

添付文書とは何者か(微量採血器具問題続く)

8月7日の日経朝刊では、「医療機器の添付文書に記載された注意書きや同省の通達が医療現場で守られていない実態を浮き彫りにした」と報道されており、厚労省は「医療機関や都道府県に改善を促す方針」なのだそうです。
 しかしながら、日本の医薬品や医療機器の添付文書は、そもそも医療者(医師など)に対する法的な拘束力を持っていないはずです。あれは薬事法が規定する文書で、「医師は添付文書に従わない医薬品・医療機器の使用をすると罰金○○円」なんて文面、医師法にも医療法にもないはずです。新型インフルエンザには、倍量長期投与のタミフル(150mg bid10日など)がNEJMなどでは推奨されています。このように、off labelな医療、添付文書を外れた医療というのは(患者の同意は必要ですが)世界中で認められたやり方です。ここで添付文書の権威をなんとなしに強化してしまうと、医療現場は大変な苦痛を味わうはずです。
 おまけに、日本の添付文書は不適切な記載が多く、おまけに間違いがあってもなかなか改訂されません。改訂の窓口が製造者だけ(ユーザーである患者や医療者は物言いが出来ない)とか、新薬の承認で手一杯で既存の添付文書には手が入れられない、など様々な理由はあるようですが、いずれにしても、時代遅れな添付文書の記載は現場を混乱、苦悩に押しやっています。例えば、肺炎球菌ワクチン再接種は「禁忌」だし、抗菌薬の投与量も非科学的な「最大投与量」を設定しており、「副作用をおこすくらいなら患者は死んでしまえ」というフィロソフィーの元で作られています。最近はさすがにPK/PDに則って妥当な投与量を記載した添付文書が増えてきましたが、以前書かれた添付文書はほったらかされたままです。
 通知も然りで、不可思議な通知は多いです。というか、通知ってどこまで法的拘束力があるのか、誰に聞いても明解な答えが返ってきません。
 このように、法的拘束力があいまいで、かつ科学的信憑性にも乏しい添付文書や通知だからこそ、微量採血器具問題のような「大多数がviolate」するような問題が起きたのではないか、少なくともその遠因になっているのではないか、と私は思います。厚労省がやるべきは「添付文書通りやらんかい」と高圧的な態度をとることではなく、「信憑性の高い、そして分かりやすい添付文書、通知を出し、みんなに信頼されるようにします」と考えることではないでしょうか。

 微量採血器具問題は、単なる病院内の安全管理にかかわる問題ではありません。添付文書や通知のあり方(ちなみに、この通知は採血器具をたくさん使う保健学科などには送られていませんでした、些細な話ですが)、行政と現場のコミュニケーションのあり方、血液由来の感染症をどう防ぐのか、というグランドデザインやイニシアチブの行方(どこにあるのでしょう)、安全のプライオリティーの立て方、といった複合的な、そして構造的な問題です。一部のふらちな(ほんの50%以上の)医療機関が、けしからんことにルールを守っていませんでした、という表層的な解釈をメディアや官僚は行っているようですが、問題の構造をよく咀嚼して問題の根っこをきちんとつかむべきでしょう。
 
 ここからは完全に蛇足ですが、表層的な解釈とknee jerk reflex的な対応はメディアや官庁だけでなく、日本全体に普遍的に存在するようです。私は、少なからぬ日本の医師がどうして尿量が少ない患者に必ずラシックスを投与するのかずっと理解できませんでした(hypovolemicでも!!!)。でも、最近、職場を変えて、ようやくその理由が分かってきたような気がします。「熱が出たから抗生剤(あるいはステロイドパルス)」、「血圧が下がったので輸液(なんで血圧低いの?)」「ヘモグロビンが下がったから輸血(なんで下がったの?)」、このような表層的な現象にダイレクトに反応する(だけ)というプラクティスをよく観察するようになったからです。これは、日本の初等教育から始まる根の深い、オムニプレゼントな問題なのではないか、、、と最近誇大妄想気味に考えるのですが、、、蛇足はここでおしまいです。現場も会議室も、もっともっとよくしていかねば、という感じでしょうか。

不正解が多すぎる問題は不適切(微量採血器具問題)

 大多数の人が間違えるような問題は、どこかに欠陥があるものです。こういう問題は通常、不適切問題と判断されます。

 微量採血器具が不適切に使用された、なんと日本で1万以上の医療機関で不適切に運用していた、という問題が話題になっています。そのくせ、実際に被害を受けた人は今のところゼロ、という不可解な問題です。

 1万以上の医療機関で不適切、という事実に対する解釈はただ一つです。医療機関がだめだった、ではなく、情報提供の仕方がまずかった、と解釈すべきなのです。これは医療機関の問題ではなく、厚労省の問題です。

 規則を破った医療機関も、「患者を血液経由の感染症で苦しめてやれ、ぐっふっふ」なんて悪意を持っていたわけでも、これを悪用して大もうけしようとしていたわけでもありません。どこぞの料亭や牛肉業者とは全然問題の根が異なっています。当時、厚労省は「通知」を出して微量採血器具の使い回しがよくない、というお達しを出したのですが、この伝え方があまりに稚拙だったというだけの話なのです。要は、口説き方が下手なのです(スレッガー調)。1万以上の医療機関が悪意もなくviolateしていたとしたら、これは明らかにメッセージの出し手の問題なのです。

 それなのに、悪いのは現場の医療機関といわんばかりに、医療機関名を公表し、被害の確認をするなど偽善的態度にもほどがあります。第一、血液由来感染症に関しては、厚労省は致命的なほったらかしをやっています。それは、B型肝炎です。WHOがuniversal vaccinationを勧告しているB型肝炎ですが、「日常生活での感染例はない」とうそぶいて無視していました(今も無視しています)。

http://www.asunet.ne.jp/~saga/95-26.html

 私(岩田)個人の外来だけでも、ずいぶんたくさんのセックス由来のB型肝炎感染患者をみています。このような実被害のある本質的な問題はほったらかしなのに、ほとんど重箱の隅突きといえる微量採血器具問題で現場をいじめるえげつなさには、かなりの違和感と憤りを感じます。

 微量採血器具はディスポにするのがベターでしょう。では、使い回しは「不適切」か?それは、あくまで相対的な問題です。少なくとも微量採血器具をディスポにする手間よりは、HBVワクチンをきちんと打った方が得することが多いと思います。麻疹ワクチンをきっちり打った方が得することが多いと思います。医療はゼロサムではなく、相対的な損得勘定の世界観なのです。

 って、そんな話をしても、「B型肝炎?それは俺の管轄外よ、ぐっふっふ」と冷笑されるのがオチかもしれませんが。昨日もある案件で厚労省の方とお話ししましたが、そのうち一人はあからさまに「私には関係ないメッセージ」をばしばしオーラで出していて、こちらを困らせました。確かに彼にとっては2年後には関係ない案件なのでしょうが。感染症の業界では、このような賽の河原のむなしい仕事が続きますが、それでもあるべき姿の模索は続き、挑戦は繰り返されます。

酔いどれ天使

最近は、ipod touchで移動中に映画を見ることができてとても重宝します。見逃していた黒澤明の初期の映画の一つです。志村喬が酒に弱い赤ひげのプロトタイプみたいな医師を演じ、結核患者のやくざ役で三船敏郎です。彼の黒沢映画デビュー作です。

率直に言って、映画としてはあまり面白くありません。今の目から見ると芝居も大げさで、ドラマもわざとらしく、演出もそれほどでもない感じです。これは1948年の映画ですが、1949年の「第三の男」や、後の黒沢映画(例えば、岩田的には最高傑作の「用心棒」)と比べると、演出力の違いは歴然としています。ファンの方、ごめんなさい。

ただ、映画はおいておいて、戦後間もない日本の生活状況や、結核という疾患に対する考え方、風俗はとてもよく分かり、参考になります。ノンフィクションよりもフィクションの方が真実をきれいに訴えることがありますが、これなどは良い例だと思います。ノンフィクションでは分かりにくい当時の人間の結核観や医療観がよく伝わってきました。

「結核菌ってのはな、賢いばい菌なんだ!」
というような台詞を真田(志村)先生がおっしゃっていたのが印象的。

先進国最低の、、、

以前に、拙著でもご紹介しましたが、Commonwealth Fundが各国の医療の質を比較しています。患者満足度では先進国最低だった米国ですが、医療全体の評価でもやはり最下位だった、という話。BMJより

最大のウイークポイントは、やはり医療へのアクセスでした。そして、意外なのは(もっとも私にはあまり意外ではないけれども)プライマリ・ケアの弱さ("weak base of primary care doctors")。その数は少なすぎ、今なお減り続けている、というのがCWFの指摘です。米国は決してプライマリ・ケア先進国ではない、というのは私が再三再四指摘していることですが、日本ではなぜか米国はプライマリ・ケアの最先端を行っている、と勘違いされていることがあります。

さて、アクセスの良さなら世界一の日本ですが、そのアクセスの良さが逆に質を低めている部分もあったりします。最近、ようやく地域の小児科医に感謝しましょう、みたいな話が表面化してきました。医療崩壊、というカミングアウトが現場レベルで医療の構造を変えようとしています。米国医療に対する世界の評価はとても厳しいです。これを見て、日本は何を考えるべきでしょうか。

今は南アフリカ

これも、近くのいいワインショップで購入。ヴィンテージは2006年らしいが、これは2007年

知り合いから黒毛和牛をいただいたので、ステーキを作って一緒に賞味。この安さでこの味は絶品です。暑いので、セラーに入れずに冷蔵庫で冷やして一杯目を飲むとよいと教わりました。

この一週間はいつにもまして大変なことばかりでしたが、このワインで乗り切ります。

抗生物質王国の夕陽5

話はまだ続きます。次のテキストは同じ「通史」からの「薬害の顕在化」で、やはり執筆者は坂口志朗氏です。ここで、抗菌薬の歴史的な流れと「薬害」との絡みを考えます。

ペニシリンはヨーロッパで、アメリカで医療現場に驚愕をもたらしました。目の前の患者がどんどんよくなっていく、というので40年代の医師達はあからさまにパラダイムシフトを経験したのでした。そのはなしは、しました。

1950年代から、「感染症は終わった。次は成人病とその合併症だ」という気運が高まります。感染症は抗生物質の誕生と共にそのプライオリティをぐんと下げたのです。その一方、マーケットとしての抗生物質の地位は高くなる一方で製薬産業の基盤、商品のエース扱いになります。生産量も適応もどんどん増え、現在の「鼻水が出ても抗生物質」「二次感染の予防に(なんとなく)抗生物質」と無批判な適応拡大と乱用の温床となりました。かつては「死ぬ病気を治す奇跡の薬」でしたが、鼻水に劇的に効くわけもなく、そう言う意味では抗生物質は名実共にその相対的地位が失墜していったのです。かつて、(自由診療の頃)家を売ってペニシリンのバイアルを買った、などという逸話がありましたが、皆保険と高度成長の流れで、抗生物質はビタミン剤とほとんど変わらないまでに地位を落としてしまいました。

このころ、英米では統計学的手法を用いた薬効評価が確立してきます。ペニシリンのように「見れば分かる」薬効を発揮するような劇的な薬はそうそう現れるものではありません。降圧薬、コレステロールの薬、糖尿病の薬などは、たくさんの患者を集めてプラセボと比較して初めてその効果が分かるのです。

ところが、1950年代の日本の臨床医療界はお粗末でした。「三た論法」といわれる直感と経験を頼りにした評価、「使った、治った、効いた」という「三た」を用いた形式論法で薬を評価していたのです。これは、先の「カリニ肺炎に切り札」の1987年の新聞記事を思い返しても、ごく最近まで日本で通用していた論法ですし、現在でも臨床現場では「あの薬、切れが良いんだよね」的な評価で完結してしまう(現場の感覚が無意味と言っているのではありません。そこで完結してしまうのが問題なのです)土壌を残しています。このような安易な薬の評価は、後に「薬害」という日本医療界の鬼子を生み出す温床となりました。

また、ベビーブーマーで国民人口が増大し、日本で作られる製薬は国内で消費されるようになります。この頃、国内で作られた製薬が海外に輸出されることは皆無だったと聞きます。輸出を申請しても、ずさんな承認プロセスしか経てこなかった日本の薬は英米では相手にされなかったかもしれませんが。国内だけで使われる「ローカルルール」の普及、第三者から批判される経験を持たなかった日本の医療界の閉鎖性がここで大きく問題になります。日本で完結してしまうマーケットの問題は、例えば家電などの電気製品でも同様らしく、日本は家電のマーケットで韓国に大きく水を空けられてしまうのでした(これは、「社長 島耕作」で得た知識、、、)。あと、ここからは私見ですが、日本医療界の閉鎖性、内向性が逆に海外の製薬などに対する過度な閉鎖的態度と表裏の関係になったと思います。今でも海外で作られた予防接種は日本にほとんどはいってくることがありません。韓国が輸入した麻疹ワクチンで驚異的なスピードで麻疹撲滅をしたというのに、日本では手に入らない日本脳炎や狂犬病ワクチンを輸入するという選択肢を頭から否定し、国内で患者が出ても知らん顔の態度を決め込んだのでした。

 日本では医薬品に対する物質特許を認めておらず、欧米で開発された医薬品の改良製造を行い、それで国内のマーケットを見たし、海外からの製品を否定し、国民無視の保護政策を行っていたようです。初期の自動車産業もこのような構造だったかもしれません。しかし、日本の自動車の方は海外に打って出ていく勝負に出て、今や米国のマーケットに真っ向勝負を挑んで勝てるくらいの実力を付けましたが、保護政策でぬくぬくと甘やかされた日本の製薬メーカーが海外とがちんこ勝負が出来るかどうかは、どうでしょうか。80年代からようやく日本産の薬も世界で勝負できるものもできてきました(FK506など)。過度に厳しい日本の製薬承認審査のおかげで、海外で先に商売しよう、という皮肉な流れがあったせいかもしれません。いずれにしても日本国民は全然恩恵を受けていない、、、、

医薬品は、一般の商品と違って欠陥や不良品が分かりません。目の前のワクチンや薬のバイアルが効果があるのか、ただの水なのか、それとも副作用や催奇形性があるなんて判断しようがありません。私が北京にいたとき、中国産の薬のcredibilityが大きな問題でしたが、1950年ー60年代の日本のクスリも同じような感じだったのではないでしょうか。

1950年代は、製薬の承認審査もすごく簡単で、数人の素人官僚による事務手続きだけで終わっていたそうです。これで、多くの薬が承認されたと言います。また、現場の医師は科学的検証教育を欠いてました。もっとも、今でも十分ではありませんが。ロンドン大学大学院では最初に「科学的な考え方とは何か」を学びますが、医学部や大学院でそのような根幹部分を学ぶことはなく、テクニカルな部分ばかりを学びます。だから、1950年代の日本の医師は、薬効と副作用のバランスなどもうまく検証できなかったようです。そして、技術料が低く、薬価だけが高いいびつな診療報酬体制の中で無批判無思慮な薬のばらまきが起きたのでした。

医療機関における薬の購入価格は引き下げられ、その為「薄利多売」の原理がまかり通り、コマーシャリズムの拡大によって患者も「薬好き」にされていったのもこの時代だと言います。この辺の事情は現代の米国医療と全く同じです。時代を隔てて妙なパラレルな構造が繰り返されるのですね。

このころ、精神障害者を対象に岩手の病院で抗ウイルス薬の人体実験が行われます。エピアジンというこの薬の副作用で2名の死者と十数名の重症副作用者が出て、人権軽視といった問題になります。この後、現在に至るまで臨床試験を忌み嫌う空気が日本にはありますが、この辺が遠因になっているようです。

さて、薬害の問題が顕在化したのが1956年のペニシリンショックです。尾高朝雄東大法学部長が抜歯後のペニシリン注射でショック死して、話題になりました。抗菌薬の皮内テストが義務化されるのもこうした経緯を受けてのことでした。

予防接種の副作用も問題になります。種痘などの予防接種で脳炎になった子供が増え、親たちが「全国予防接種事故予防推進会」を結成します。GHQ体制で予防接種が「強制接種」だったり、メーカーの市場確保といった邪な意図が隠れていたりと、いろいろ問題はあったようです。この辺も、現在の日本の予防接種システムの遅れの遠因かもしれません。

抗マラリア薬であるクロロキン。日本では関節リウマチやSLEに1957年から長期投与として使われるようになりました。ところが、1948年には米国で報告のあった眼障害のため、副作用に苦しむ患者が続出します。日本で学会報告が出たのが1962年。製造中止は1974年でした。当時2000人はいたというクロロキン眼障害の被害者ですが、ひどかったのは、当時の厚生省薬務局製薬科長が内服していたクロロキンを「内部情報」をもらって自分だけ服薬中止しており、かつこの情報を公表しなかったことでした。薬害エイズ事件で、官僚が実刑判決を受けて話題になり、問題になりましたが、このような役人こそが個人で実刑判決を受けるべき何じゃないでしょうか。

もっとも、クロロキンはマラリア治療薬としてはもっとも安全な薬とされています。短期で使えば問題ないのかもしれません。このへんの振り子の揺れ動きも日本の問題で、副作用が問題、となると全面拒否の方向に逆走します。サリドマイドもそうでした。

クロラムフェニコールの再生不良性貧血も、米国が副作用を問題にしてから、日本が対策を取るまで7年かかりました。

こうした流れで、サリドマイドやスモン事件が問題になり、1970年代から、日本の医薬品の審査・承認は極めて厳しくなります。その一方で、「副作用が出るくらいなら原疾患で死んでしまえ」的な本末転倒な副作用嫌悪主義もはびこるようになりました。もう一度、振り子を揺り動かして適度なバランスに持って行く必要があるように思います。


抗生物質王国の夕陽4

現在の抗菌薬運用や感染症診療に関して、厚労省(旧厚生省)各部署やその周辺機関(PMDA)のもたらした影響は大きいと思います。その役割については功罪あると思いますが、私はこれら官僚の方々への個人的な友情や敬意をもっている一方で、全体的には、あるいは組織としてはネガティブな評価のほうが大きいです。有り体に言えば、彼らが足を引っ張らなけらば、日本の感染症診療は世界のレベルからこんなに取り残されることはなかったでしょう。もちろん、彼ら「だけ」が悪いのではなく、私も含めて関係者全てが共有する問題なのですが。

で、今回は診療報酬のおさらいです。テキストに使ったのは、坂口志朗氏の「武見医師会長体制の確立」(通史 日本の科学技術第三巻)です。

・第一次世界大戦以降の社会不安
・政府、医師会との診療契約 医師ー保険者ー患者という新しい関係

この辺は、実は米国のマネジドケアを想起させます。実際、保険経済が赤字になると保険者は診療行為をコントロールするようになります。今でもそれっぽいことをやっている地域もあるようですが。

・自由診療主体だった日本の医療は第二次世界大戦時にはほとんど皆保険状態に。
・戦後、被保険者が激減。医師会もGHQに解散させられていた。
・これまで医師会に依頼していた診療報酬の議定を「社会保険診療報酬支払基金に」。1949年ーー>マネジドケアを思わせる制限医療のはじまり。医療費抑制
・1950年、中央社会保険医療協議会(中医協)誕生。朝鮮戦争で物価上昇し、診療報酬引き上げ要求。保険者代表の健康保険組合連合会(健保連)と対立。
・1957年 武見太郎医師会長に。「制限医療」を嫌い、現物給付・出来高払いにおける医師の自由裁量権を主張する。ーー>制限医療を目指す厚生省・健保連と対立。他方、医薬品産業などとの癒着も
・1961年 国民皆保険の再達成
・1973年 老人医療費無料化
・病院数増加、病床数増加。しかし医師は不足。1970年秋田大学医学部発足まで新設医大は認められていなかった。ーー>医師の相対的な不測で社会的地位は向上(?)
・武見体制は高度成長といっしょになって医療費増大ー>社会保険の赤字ー>国庫負担増額ー>国家財政圧迫というサイクルに。薬漬け、検査漬けの悪習もこのとき広がる。
・武見時代の「医療内容の改善は医学会に任せるべき」という主張は、厚生省や健保連からの規制や制限を否定する一方で、国民の声にも耳を貸さなかった側面もある、、、というのが坂口氏の見解。
・高度成長の終焉、オイルショックで医療費の伸び率が国民所得のそれを上回る。
・医師会は表面上は学術団体と謳っていたが、武見体制の実態は権益団体、ロビー団体であり、国民もそのように認識するようになった。ーー>開業医の地位の低下に?ー>実質的に開業医の団体である医師会の地位も武見体制の終焉と共に低下
・勤務医の比率増加。

しかし、医師会とは一線を画していた勤務医も代替足る発言ツールを持たないまま、病院中心になった日本の医療や医学を引っ張っていく牽引役になる一方、そのひずみや矛盾もぐだぐだに抱えていくようになり、、、というのが現在の状況でしょうか。

私個人は、厚労省や健保連の非科学的な制限医療が現場を困られているのは事実で、武見の言った「厚生省の官僚など医学を学んでいない者が診断や治療の方法や金額を決めないで、医学会に任すべきである」という考え方(まあ、金額はともかく方法の部分には)には大きく共感を覚えます。でも、武見体制時代の方法論は現代、とうてい選択できないでしょうし、するべきでもないでしょう。武見体制のルサンチマンを引きずった厚労省が財務省のプレッシャーも合わせて現在の管理体質を抱くようになった、、、という解釈が正しいかどうかは知りませんが、さて、この国はどこへ行く、、、、

論文あれこれ

CIDの流し読みです(精読していません、、、、)

Ghanem KG et al. Antiretroviral therapy is associated with reduced serologic failure rates for syphilis among HIV-infected patients. CID 2008;47:258-

HIVー梅毒共感染を最近多く経験します(HBVも、、、)。勤務場所が変わったせいかもしれませんが。HIVを治療すると梅毒も再発しにくい、という論文。

Ramirez J et al. Acute myocardial infarction in hospitalized patients with community-acquired pneumonia. CID 2008;47:182-

MIか、敗血症性ショックか、、いやいや両方か。肺炎か?心不全か?いやいや両方か。これも結構直面する問題です。

Datta R and Huang SS. Risk of infection and death due to methicillin-resistant Staphylococcus aureus in long-term carriers. CID 2008;47:176-

MRSAキャリアはMRSAのM&Mが大きい、という論文。多くの場合、キャリアはほっておけ、というのがほとんどの患者に対する態度です。今、慢性期における感染症について講演を依頼されていますが(感染管理、看護、治療の3講演をいっぺんにやるという無茶な企画です)、こういうセッティングでもキャリアをどうするのかは大きな問題です。患者の予後に影響するとなると、、、、、


抗生物質王国の夕陽3

1987年に、ある大新聞にエイズに伴うカリニ肺炎にステロイドパルスを使用したらよくなった一例、というとある大学病院の経験が記事になりました。で、そのタイトルが

エイズ死の最大原因、カリニ肺炎に切り札 ステロイド大量療法

です。もちろん、現代の私たちはPCPにステロイドパルスは有害であっても無効なことはよく知っています。過去の医師が今の医師の知っていることを知らないのは当たり前で、問題はその点ではありません。問題なのは、一例報告レベルで「切り札」と喧伝した大学病院の医師と、それに乗っかったメディアにあります。

EBMという言葉がカナダで誕生したのは1990年ですから、80年代はプレEBMの時代です。しかし、EBMとて雨後の竹の子のようにある日にょっきり生まれてきたわけではなく、そこにはちゃんと伏線がありました。それは、目の前の臨床データをいかに「妥当に」吟味していくかどうか、という模索でありました。RCT、エビデンス、という用語はその方法論として提唱されたので、問題の根っこは「目の前のデータは臨床的に妥当か?」という問いを投げ続けることであったと思います。

実は、ほとんど同じ時期にフランスでエイズ患者のPCPに対してサイクロスポリンを投与してよくなった、という6例の報告がされています。これも今の目から見ると「なんちゅうやばいことを」という感じですが、問題の核心はそこではありません。この報告に対して、米国のNIHは「たった6例の報告で治療法として確立されていると信じるのはあまりに妥当ではない」と反論したのです。つまり、プレEBMの時代においても米国においては数例の症例報告を治療法として確立されるのは「妥当ではない」と理解していたのでしょう(すくなくとも、研究者レベルでは)。フランスなど欧州各国にEBMが入って行くにはタイムラグがありましたし、特に80年代はプレインターネットの時代でもありますから、もしかしたらこの時代は日本とヨーロッパは同じようなコンセプトで治療を評価していたのかもしれません。もっとも、もしかしたら当時過熱していた米国とフランスのエイズ研究ヘゲモニー争いで両者が反目しあっていただけなのかもしれませんが。いずれにしても、一例報告を持って「切り札」なんて呼べない、とプレEBM当時の彼らは考えていたのだと思います。

米国も「エビデンス」一辺倒なのではありません。それは保険会社の干渉もありますが、単なる習慣や勉強不足が原因のことも多いです。我々日本人医師が米国医療に接するのはほとんど教育病院ですが、非教育病院ではまた別の医療が展開されており、米国の病院の大多数はそういう非教育病院です。そこで、私たちの経験だけではなかなか「米国医療」は分かりづらいのですが、データを見ると、例えば気道感染症や尿路感染症でも多くの在野の医師は学会ガイドラインの推奨通りに治療薬を選択していません。その是非はあるでしょうが、それが米国の一つの現実です。また、「私がいた病院ではこうしていた」という経験も根拠に基づいたものなのか、習慣がなしたものなのかは割と区別するのが難しいです。私はある時期、ヨーロッパやオーストラリア、南アフリカの家庭医と一緒に仕事をしていた時期がありますが、「スタンダード」と信じていたやり方が意外に北米以外では受け入れられていないことを知って結構びっくりしたことがあります。日本に帰っても適応障害に陥らなかったのはこのときの経験のおかげです(もっとも、大学病院に異動したときはかなりカルチャーショックを受けましたし、今も毎日驚きの連続ですが)。

エビデンス=RCTではない、というのも大事な、しかしときどきすっぽかされる点であります。最近、Annals of Internal Medicineのpodcastで米国で初めてペニシリンを使用したときの経験がインタビューで語られていました。当時のペニシリンの現場にもたらしたインパクトは相当なものだったようで、いままで死亡宣告だった重症感染症の患者がどんどん治っていくのを目の当たりにして医師達は戦慄したと言います。1930年代、ハーバードの医学生が熱を出し、皮膚の点状出血を見て自身が心内膜炎に罹患したと悟り「私はあと数ヶ月で死ぬでしょう」と語ったと言います。当時の細菌感染症はそういう病気だったようです。今に至るまで敗血症・敗血症性ショックにおける抗菌薬の立ち位置は、エビデンスなしだが推奨度Aみたいな感じですが、それはこういう歴史的経緯をたどったからなのでしょう。PDA(palmやiphoneじゃなく)へのインドメタシン治療も歴史的コントロールとの死亡率の差があまりに大きかったためにランダム化試験はされなかった、と記憶しています。
 面倒くさい言い方をすると、power計算の時の両群にあまりに違いがあり、「一目瞭然」レベルになったときはランダム化試験も不要か、あっても少数のトライアルでOKなわけです(その理由はpower計算のやり方を見ればわかります)。よく、製薬メーカーが「このトライアルは数万人規模でやった巨大なエビデンスでして」とか言ってきますが、数万人も使わないと差が分からないなら、臨床的な意義はその程度、という考え方だってあるわけです。敗血症性ショックに対するステロイドは、効く、効かない、やっぱり効く、いやいや効かないと少女の花占いみたいに揺れまくっていますが、このことが私たちに教えてくれることは、ステロイドが効くにしても効かないにしても、その臨床的な意義はちょびっと、、、ということだと思います。ここに人間の恣意性が強くプッシュされているので、論文、データ、ガイドラインから当該者の恣意性や思い、主張を完全に取り除くのはどだい不可能だということも自戒を込めて認識したいと思います。

さて、1980年代は薬の乱用と医療費削減というメーカーと厚生省の争いの時代でもありました。この時代、世界の薬剤消費のトップ国は米国でした(いまでもそうです)。2位が日本です。そして、日本の薬剤費のうち、何と20%以上を抗生物質(当時の表記のまま)が占めていました。当時の新聞記事をひもといてみると、「○○製薬の牽引役、ペコポコマイシン」「○○マリン、大ヒット」というバブリーな記事が載っており、製薬メーカーはどんどん抗生物質を大量販売し、株価もうはうはに上がっていた、という時代です。プロパーさんが病院中にはびこり、医者はその提供する情報と先導に載っかってバブルな時代を回していたのでした。

これに対して厚生省が取った対策は今から考えると稚拙としか言いようのないものでした。すなわち、普及して売れている抗生物質の薬価を無理矢理に下げたのです。そして、申請されていた量の大きな抗生物質も使いすぎになるといけない、という理由で承認を拒む姿勢を見せています。このことが、現在の日本の抗菌薬量の不適切な運用の遠因の一つになっていると思います。また、無理矢理価格を下げられたメーカーはどうしたかというと、薄利多売戦略に転じるようになり、益々抗生物質はむりやりな適応でもって無理矢理使われるようになります。抗菌薬の適正使用という点にメスを入れずに値段だけ操作すれば何とかなると考えた役人の浅はかさのうんだ失敗です。そして、それにまんまとのっかった学術界や医者、薬剤師の失敗でもあったでしょう。また、このことは臨床的には価値があるんだけど単に「古い」という理由だけで薬価が下げられ、場合によっては販売停止になり、ちょっと側鎖を代えただけのme too drugsの跳躍の原因となり、広域抗菌薬使いまくりの温床になりました。まあ、もっとも米国も(若干経緯は異なりますが)似たような歴史を歩んで、似たような泥沼にはまってはいますが、、、、、、

1981年10月29日の日経夕刊には、当時の日本病院薬剤師会常務理事の寄稿でこんなことが書かれています。

(quote)
「ちょっとカゼをひいたようなんですけど……」。お医者さんにかかると、帰りがけにプラスチック包装のカプセルやポリエチレンの袋に入った薬を看護婦さんが紙袋に入れて手渡してくれる。「お大事に——」。私たちがよく手にする袋の中身は、たいていが抗生物質、解熱剤など。さらにせき止め薬などの場合もある。
 開業医や病院で最もたくさん使っているのが「抗生物質」だ。日本では年間約八千億円分をつくっている。抗生物質は、細菌感染症の治療薬。カゼというのはそもそも細菌より下等な生物であるウイルスが原因でかかるのだが、カゼがちょっとでもこじれた状態になると、それを引き金に気管支炎や肺炎など細菌感染症を併発する。抗生物質はこうした症状を抑える働きがある。
 ところで人間の体内にはもともと良い細菌と悪い細菌がバランスよく共存していることが明らかになっている。しかしなんらかのきっかけで体が弱ると、このバランスが崩れて人体に害になる細菌が異常に増えてしまう。こうした“悪い細菌”の増殖を抑えるのも抗生物質の重要な役割。そこでたとえば手術後の患者などにも抗生物質をたくさん用いる。(unquote)

私は、この1980年代から90年代あたままでのバブルの時代が、日本と北米を大きく分けてしまった分水嶺ではなかったか、と仮説を持っています。現在の日本の医療現場(少なくとも今私がいるところ)では、80年代の亡霊がまだ闊歩しているように思えてなりません。

最後までお読みいただいた方、ご苦労様でした。

ジャーナリズム崩壊

ジャーナリズム崩壊 上杉隆 幻冬舎新書

 今年読んだ本で今のところ、一番エキサイティングだった本。とても面白く、説得力があります。

「ニューヨークタイムズを読むと謎が解け、朝日新聞を読むと謎が深まる」

と以前から思っていました。ニューヨークタイムズをワシントンポスト、朝日新聞を日経にしても同じことです。これはリベラル・保守、右左に関係なく、日本の新聞記事の質の低さが昔から気になっていたのです。

 日米の医療を比較するのはいろいろな理由で困難です。そもそも、日本の医療とか米国の医療って何?というのが分かりづらいですし、サンプルを取ろうと思っても一人で何十もの医療機関を体験できるわけもありません。また、日本から渡米、あるいは米国から帰国すると時間のずれが生じてしまいます。1990年代の日本医療と21世紀のアメリカ医療を比較して、どうなるというのでしょう。

 それに比べて、新聞比較は簡単です。同時期のNYタイムズと朝日新聞の医学記事を読み比べてみれば、そのレベルの違いは歴然です。前者は謎がとけ、後者は謎が深まります。

○○肺炎治療の切り札!

という見出しなのに、なぜか一例報告だったりすることは珍しくないのです。学術誌の論文を紹介することは希有で、○○大学何とか教室のリークがほとんどのソースです。論文を読まない、読めない記者も多いようです。これでは、なんで?どうして?謎は深まるわけです。

「天声人語」(あるいはそれに相当するコラム)に至っては読むのは時間の無駄です。欧米の新聞ではあれに相当するコラムはないことがほとんどだと思います。どれくらい時間の無駄かというと、これをやれば一目瞭然です。天声人語型の文章は問題認識、問題分析、問題解決という日本人が苦手なプロセスから背を向けた、悪文の典型です。こんな文章が受験に出るというのは、日本の高校生、頭悪くなれ、というメッセージではないかとすら思います。

天声人語風メーカー
http://taisa.tm.land.to/tensei.html

まあ、もっとも、上杉氏が絶賛するNYタイムズですが、アメリカでの評価は様々です。保守派は忌み嫌うのはいいとして、一番問題だったのは国際記事だと思いました。やはり、アメリカ的な上から目線で、自分たちの価値観でしか外国の事象を評価できないのが最大の問題です。(アメリカ人にとって)奇妙な外国の流行や風習をおもしろおかしくとりあげるので、友人のインド人医師は「イエロージャーナリズムだ」とばっさり切り捨てていました。上杉氏が賞賛していたフレンチ氏も、日本の記事は結構へんてこでした。世界のジャイアン、アメリカ合衆国がレヴィ・ストロールのような構造主義的アプローチをとれるとはとても思いませんから、これはNYタイムズだけの問題と言うより米国全体の問題という気もしますが。

 メディアリテラシーの向上がないと医療の質も向上しません。もっとも、インターネットの発達で、すでに日本人も新聞やテレビを見放しているような印象もあります。このまま既存のメディアはベルリンの壁のように自然崩壊するのかもしれません。ただ、国際ニュースのリテラシーの問題が言葉の関係でのこり続け、インターネットであってもこれはにわかには解決できないのですが。

 医療崩壊、ジャーナリズム崩壊と崩壊話が続きます。私は自著の中で厚労省や文科省も崩壊寸前だし、そうカミングアウトする方が私たちにとっても霞ヶ関にとっても健全である、主張しています。肩の力を抜き、自分たちのカラをやぶってカミングアウトする時代なのかもしれません。これもインターネットの恩恵か、あるいは全然関係ないのか。

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