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想像力の限界

北京オリンピックの水泳で8冠を獲得したマイケル・フェルプス選手がこう言っていたそうです。
「8冠は無理だという人もいたけれど、逆にそれが自分の想像力に火をつけてくれた。想像力の勝利だと思う」

 この言葉に、強い共感を覚えました。歴史に残る偉大なスイマーを捕まえて「共感」なんて不遜もいいところですが、大きく頷かされたのです。

 フェルプス選手に「8冠は無理」と言った人には想像力の限界があったのだと思います。それは、現在の枠組みにおける常識的なアドバイスだったのでしょうが、現在の枠組みにおけるアドバイスは将来における新しい価値を何も生まないのでしょう。

 「世の中のことを俺はよく知っている」としたり顔の人たちから「アドバイス」を受けることがあります。が、そういうアドバイスが的を得ていたり、役に立った、という記憶がほとんどありません。

 数年前、私はある厚生官僚に「日本は医療者の数が少なすぎる。医者の数ももっと増やすべきだ」と主張したことがあります。そうしたら彼は次のようなことを言いました。「岩田、お前は世の中の仕組みが全く分かっていない。今の日本で医療費を増やしたり医者の数を増やすことは絶対に無理だ。あり得ない」と。これが、彼の「想像力の限界」でした。この助言が妥当だったかどうかは、もちろん皆さんご存じの通りです。

 個人的な話で恐縮ですが、島根医大を受験しようとしていたとき、ある学校の先生からより偏差値の高い、よりネームバリューのある大学を受験するよう薦められました。私は思うところあって島根医大に固執したのですが、そのときその先生はいいました。「岩田、お前は世の中のことが分かっていないからそういうことをいうんだ。大学は名前が大事だ。そこがお前には分かっていない。将来後悔しても知らないぞ」。生憎(?)、島根医大を卒業して、そのことで1秒たりとも困ったことも後悔したこともはありません。それどころか、大学時代に出会った友人や恩師の存在が、自分の中では医師として一番大事な「コア」の部分を作っていると感じています。少なくとも、彼らの存在がなければ今の私はないし、鼻持ちならないダメな医者になっていた可能性が高いような気がします(今でも十分ダメ医者だ、という突っ込みアリ)。

 医局に入らず沖縄に研修に行ったときも「医局に入らず医者なんかやっていけるわけないだろ。一生後悔するぞ」と脅かされましたし(当時はそういう時代でした)、アメリカに臨床研修に行くときも、「アメリカ帰りは日本では活躍できない」と大反対されました(当時はそういう時代でした)。日本で感染症の後期研修システムを作るときも「今の日本で感染症のプロを育てるのは無理」と言われました。「大学病院ではまともに臨床も教育もできないから、行くのはよしておいたほうがよい」云々。全部、「想像力の限界」がもたらした「今の枠内」でのアドバイスで、全て的外れでした。

 彼らは「世の中」を熟知していると主張しましたし、事実そうなのかもしれませんが、それは「現在における世の中」の枠組みの中でのアドバイスであって、未来のそれを規定していません。むしろ、現在の常識をがっちり理解してしまうと将来の可能性を見通すことができなくなってしまうようです。これが、「想像力の限界」なんだと思います。現在の想像力の枠内で生きていくと、マイケル・フェルプスや短距離走のボルト選手みたいな人は絶対に生まれてこないのでしょう。

 私も、学生さんや研修医を指導するようになって、苦手な進路相談を受けたりします。中には、「そりゃ、無理やろ」と思うような遠大な理想を夢見る人もいて、「よしとけ」と言いたくなることもあります。でも、それは私の想像力の限界がもたらす余計なお世話な可能性が高いです。チャレンジする者の足を引っ張るのは、教育者として御法度な態度だと感じます。

 「世の中のことは俺の方が分かっている」と鼻息荒く、したり顔で訓話をたれるタイプの教育者の話は、話半分で聞いておくのが妥当かもしれません。それは未来の成長を妨げてしまうリスクを伴っています。「明日の日本のことはよく分からない。何が正しいのか、特に未来の正しいことは全く分からない。それでもあえてアドバイスするしたら、これかな」とおずおずと、謙虚に助言してくれる先輩の言うことの方が信頼できるかもしれません。これも、健全なlimitationのひとつなのでしょうか。

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