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レヴィナスと愛の現象学を読む

これは突き動かされ、魂を揺り動かされる本でした。

哲学本の解説書では、よく「いやいや、この人はそんなことは言っていない」という引用元の真意の正当性、「正しさ」が論争の元となります。ニーチェはこんなこといってない、サルトルはそんなことは考えていない、フッサールの真意はそこにはない、、、、みたいな。こうした正しさ論争は、本人なしでやってもいつまで経っても解決しませんし、たぶん、例え本人が目の前にいても解決しないでしょう。「俺はそんなつもりで書いたんじゃない」とたとえ本人が主張したとしても、それが正当な言説であるかは証明しようがないからです。

というわけで、ある哲学者や哲学書の解説本や解釈本は、その本の内容そのものを読み込んで吟味した方がよっぽど理にかなっていると思います。「この本は正しく○○を説明しているか」ではなく、この本がいっているこれ、これがこころをえぐって価値を揺さぶるのか、、、、そういう意味では本書はものすごくえぐりました。現象学を「お勉強」の対象とせず、自らの問題として突き詰めていく、という態度も納得しました。だから、現象学的態度を取ってもフッサールに納得しない、というレヴィナスの言説もあり、なのだと。

倫理という語り得ないものを議論するとき、倫理性と主体性は「私はあなたより先に、あなた以上に有責である」という宣言によってはじめて基礎づけられる、という一文が倫理を非常にリアリティのある具体的な概念に仕立て上げます。そして、その宣言をするのは私一人、ただひとりなのだと。

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