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2009年4月

豚インフルについて、研修医の皆さんへ

・まず、毎日の診療を大切にしてください。呼吸器症状の有無を確認し、ないときに安易に「上気道炎」と診断せず、旅行歴、シックコンタクト、動物暴露歴など問診を充分に聴取してください。患者さんが言わない、ということはその事実がない、という意味ではありません。せきをしていますか?と聞かなければ、せきをしているとは言わないかも知れません。原因不明の発熱であれば、必ず血液培養を検討してください。バイタルサインを大切にしてください。バイタルサインの重要度は重要な順番に、血圧、脈拍、呼吸数、(第五のバイタル)酸素飽和度、そして、体温です。極端な低体温などはまずいですが、発熱患者で大切なのは体温「以外」のバイタルサインと意識状態であることは認識してください。発症のオンセット、潜伏期など、時間の感覚には鋭敏になってください。要するに、ブタインフルエンザ診療のポイントは普段の診療の延長線上にしかありません。ほとんど特別なものはないことを理解してください。上記の診療は診療所、大学病院、どこのセッティングでも可能です。大抵の感染症診療は、大抵のセッティングで可能なのです。
・自分の身を護ってください。とくに初診患者では外科用マスクの着用をお奨めします。患者の診察前とあとで、ちゃんと手を洗っていますか。呼吸器検体を採取するなら採痰ブースが理想的ですが、理想的な環境がないからといって嘆く必要は少しもありません。「うちには○○がない」と何百万遍となえても嘆いても、物事は一つも前に進みません。「うちには○○がないので、代わりに何が出来るだろう」と考えてください。考えても思いつかなかったら、そこで思考停止に陥るのではなく、分かっていそうな上の先生に相談してください。いつだって相談することは大切なのです。診察室で痰を採取するなら、部屋の外に出て患者さんだけにしてあげるのもいいかもしれません。日常診療でも、とくに女性の患者は人前で痰なんて出せないものです。呼吸器検体を扱うとき、気管内挿管時などはゴーグル、マスク(できればN95)、ガウン、手袋が必要です。採血時やラインを取るときも手袋をしたほうがよいでしょう。こういうことは豚インフルに関わらず、ほとんどすべての患者さんに通用する策に過ぎません。繰り返しますが、日常診療をまっとうにやることが最強の豚インフル対策です。
・あなたが不安に思っているときは、それ以上に周りはもっと不安かも知れません。自分の不安は5秒間だけ棚上げにして、まずは周りの不安に対応してあげてください。豚インフルのリスクは、少なくとも僕たちが今知っている限り、かつて遭遇した感染症のリスクをむちゃくちゃに逸脱しているわけではありません。北京にいたときは、在住日本人がSARSのリスクにおののいてパニックに陥りましたが、実際にはそれよりもはるかに死亡者の多かった交通事故には全く無頓着でした。ぼくたちはリスクをまっとうに見つめる訓練を受けておらず、しばしばリスクを歪めて捕らえてしまいます。普段の診療をちゃんとやっているのなら、豚インフルのリスクに不安を感じるのはいいとしても、パニックになる必要はありません。
・今分かっていることでベストを尽くしてください。分からないことはたくさんあります。なぜメキシコ?なぜメキシコでは死亡率が高いの?これからパンデミックになるの?分かりません。今、世界のどの専門家に訊いても分かりません。時間と気分に余裕のあるときにはこのような疑問に思考をめぐらせるのも楽しい知的遊戯ですが、現場でどがちゃかしているときは、時間の無駄以外の何者でもありません。知者と愚者を分けるのは、知識の多寡ではなく、自分が知らないこと、現時点ではわかり得ないこととそうでないものを峻別できるか否かにかかっています。そして、分からないことには素直に「分かりません」というのが誠実でまっとうな回答なのです。
・情報は一所懸命収集してください。でも、情報には「中腰」で対峙しましょう。炭疽菌事件では、米国CDCが「過去のデータ」を参照して郵便局員に「封をした郵便物から炭疽感染はない。いつもどおり仕事をしなさい」と言いました。それは間違いで、郵便局員の患者・死者がでてしまいました。未曾有の出来事では、過去のデータは参考になりますが、すがりつくほどの価値はありません。「最新の」情報の多くはガセネタです。ガセネタだったことにむかつくのではなく、こういうときはガセネタが出やすいものである、と腹をくくってしまうのが一番です。他者を変えるのと、自分が変わるのでは、後者が圧倒的にらくちんです。
・自らの不安を否定する必要はありません。臆病なこともOKです。ぼくが北京で発熱患者を診療するとき、本当はこわくてこわくて嫌で嫌で仕方がありませんでした。危険に対してなんのためらいもなく飛び込んでいくのは、ノミが人を咬みに行くような蛮行で、それを「勇気」とは呼びません。勇気とは恐怖を認識しつつ、その恐怖に震えおののきながら、それでも歯を食いしばってリスクと対峙する態度を言います。従って勇気とは臆病者特有の属性で、リスクフリーの強者は、定義からして勇気を持ち得ません。
・チームを大切にしてください。チーム医療とは、ただ集団で仕事をすることではありません。今の自分がチームの中でどのような立ち位置にあるのか考えてみてください。自分がチームに何が出来るか、考えてください。考えて分からなければ、チームリーダーに訊くのが大切です。自分が自分が、ではなく、チームのために自分がどこまで役に立てるか考えてください。タミフルをだれにどのくらい処方するかは、その施設でちゃんと決めておきましょう。「俺だけに適用されるルール」を作らないことがチーム医療では大切です。我を抑えて、チームのためにこころを尽くせば、チームのみんなもあなたのためにこころを尽くしてくれます。あなたに求められているのは、不眠不休でぶっ倒れるまで働き続ける勇者になることではなく、適度に休養を取って「ぶったおれない」ことなのです。それをチームは望んでいるのです。

・ぼくは、大切な研修医の皆さんが安全に確実に着実に、この問題を乗り越えてくれることを、こころから祈っています。

2009年4月28日 神戸大学感染症内科 岩田健太郎

感染症診療Q&A

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という本が出ました。執筆者の皆さん、ご苦労様でした。まさにタイトル通りQ&Aで、きちんと踏み込めた(ところもある)と思います。

ところで、こんな序文を書いています。ちゃんとターゲットオーディエンスに伝わるかどうか、、、、

序文

 学ぶということは、自らの価値観を揺さぶられることを言います。価値観を揺さぶられた私たちはその時から新しい自分になります。これを成長と呼ぶのでしょう。
 自分の持っている価値観、思いこみ、先入観を揺さぶり崩されることは全然悪いことではありません。屈辱を感じて顔を赤らめたり歯ぎしりする必要もありません。むしろ、価値の揺さぶりが、快感に感じられるのが学習者の健全な態度といえるでしょう。
 従って、良い医学書とは、価値を揺さぶるものであるはずです。自分の聞きたいこと、読みたいこと、持論を正当化してくれる内容だけが書いてある本ではありません。
 本書も、読者の価値観を揺さぶることを試みて作られました。執筆者の揺さぶらんという魂が込められています。願わくば、本書を手にとったあなたにも、それが起きますように。

2009年3月24日 早い桜の開いた快晴の神戸にて

岩田健太郎

感染症の病理学的な、、、、、

リンクを追加しました。研修医時代お世話になった先輩がやっています。

http://blog.livedoor.jp/garjyusaiga/

感染症学会、青木先生、藤本先生、大野先生のセッション、すごい人でした。この3人で人が呼べるというのはいろいろな意味で、この学会の成長を感じます。

亀田のJクラブ

Empirical Treatment of Community‐Acquired Pneumonia and the Development of Fluoroquinolone‐Resistant Tuberculosis

Clinical Infectious Diseases

エンピリックにCAPでキノロンを使うと結核耐性が増えるか、という命題。繰り返せば、、、

Colonization with multidrug-resistant gram-negative bacteria: prolonged duration and frequent cocolonization

Clin Infect Dis
2009 vol. 48 (10) pp. 1375-81

耐性陰性菌は、1回つくと、消えません、、、150日後には半分になるので、そこで再度スクリーニングをする価値はあるかどうか、、、

Duration of colonization with methicillin-resistant Staphylococcus aureus

Clin Infect Dis
2009 vol. 48 (7) pp. 910-3

同じく、MRSAについて、、、消えません。なかなか

ほんとうに、、

佐野洋子 「役に立たない日々

ほんとうに面白いです。まあ、とにかく読んでください。

quote of the day

ながいけれども、アランの「幸福論」より

 激昂の段階を追って行くと、自分のからだをひっかくことよりもすぐれた動作は何もない。それは自分の苦痛を自分の意志で選びとることである。自分で自分に復讐することでもある。子どもはまず最初にこのやり方を試みる。泣いているからもっと泣き出す。自分の怒りにいらだち、慰められてたまるかと誓うことで心が慰められる。つまり、すねているのだ。自分の愛する人びとを苦しめて、そしてその自分を罰するためにさらにその人たちを苦しめる。自分を罰するためにあの人たちを罰するのである。無知であることを恥じると、もう何も読まないと誓う。頑なに強情を張りとおす。いきりたって咳をする。思い出の中にまで侮辱をさがす。自分で針をとがらす。悲劇役者の巧みさで傷つき辱めるようなことを、自分に向かって繰り返し独りごつ。最悪が真実だという原理で全てを解釈する。自分が悪い奴だと談ずるために悪い人たちを想定する。信じていないのに試みて、失敗したあと言う、「それに賭けるところだった。これがおれの運なのさ」と。どこに行ってもいやな顔をしてみせ、また人をいやがる。人のいやがることに専心しているくせに、気に入ってもらえないことに驚いている。眠れないとむきになって眠ろうとする。どんなよろこびでも疑う。どんなことにも憂鬱な顔をして文句をつける。自分の気分から不機嫌になる。そういう状態なのに、自分自身を評価する。「おれは臆病だ。不器用だ。もの忘れがひどい。年齢だ」と考える。自分ですっかり醜いすがたになって、自分の顔を鏡に見ている。これが気分の罠なのだ。

 

だからぼくは、「寒いな。身を切るようだ。これが健康にはいちばんだ」という人たちを軽蔑しないのである。なぜなら、これにまさる態度はないからだ。風が北東から吹いてくる時、両手をこすり合わせることは、二重の意味でよい。ここでは本能に生きることが知恵と同じ意味である。肉体の反応がわれわれによろこびを教えている。寒さに抵抗する方法はただ一つしかない。寒さをいいものだと考えることだ。よろこびの達人スピノザが言ったように、「からだが暖まったからよろこぶのではなく、私がよろこんでいるからからだが暖まるのだ」。したがって同じ考え方で、「うまく行ったからうれしいのではなく、自分がうれしいからうまく行ったのだ」といつも考えねばならない。どうしてもよろこびが欲しいというならば、まずよろこびを蓄えておきたまえ。いただく前に感謝したまえ。なぜなら、希望から求める理由が生まれ、吉兆から事が成就するのだから。だから、すべてのことがいい予感であり、吉兆である。「君がそれを欲するならば、カラスが君に告げているのはしあわせなのだ」とエピクテトスは言っている。そこから彼が言わんとするのは、何でもよろこびなさいというのではなく、とりわけ、ほんとうの希望はいっさいをリアルなよろこびとするということだ。ほんとうの希望は出来事を変えるからである。もし君が退屈な人と出会ったら、必ず彼は自分でも退屈しているのだが、まずほほ笑む必要がある。眠りたいと思ったら、眠りを信じたまえ。要するに、どんな人でもこの世に自分よりおそろしい敵は見つからないのである。ぼくは冒頭で一種の狂人のすがたを書いた。しかし、狂人とはわれわれの誤った考えが拡大したものにほかならない。ほんのわずかな気分の動きのなかにも、被害妄想の縮図があるのだ。この種の狂気は、われわれの反応を司っている神経器官の知覚されない病変のせいであることを、ぼくもたしかに否定しない。あらゆる刺戟はついに己が道を穿つにいたるものだ。ただし、狂人のなかにわれわれが学ぶべきものがあると、ぼくは考えている。あのおそるべき思い違いを、彼らはわれわれに拡大して見せてくれる。まるでルーペで見るように。この気の毒な人たちは自問自答をくり返し、悲劇を独演している。それは呪文だ。そこにはいつも効能がある。しかし、それはなぜなのか知りたまえ。

Jesse Stone is back

Robert B. Parkerは昔からお気に入りですが、とくに今はJesse Stone seriesにはまっています。たまたま駅の本屋でペーパーバックを見つけたので衝動買い

Stranger in Paradise

ペーパーバックで読むには読みやすい英語レベルで内容も面白いのが条件になりますが、僕の英語力だとこれくらいがちょうどいいです。シンプルで短い英語。でも、とても美しい。例えば、こんな風に。

Crow liked to be with women. And the women didn't need to be perfect. He liked to look at women. He thought about them sexually. Just as he liked to be with them sexually. But he thought about them in many other ways as well. He liked the way they moved, the way they were always aware of their hair. He liked the way they were with the children. He liked the thought they gave to their clothes, even at the beach. He liked how most of them found a way to keep a towel or something around their waists when they were in bathing suits. In health clubs, he noticed they did the same thing in workout tights. It always amused him. They wore revealing clothes for a reason, and covered the clothes with towels for a reason. Crow had never been able to figure out the reasons.
Ambivalence?
He'd asked sometimes but had never gotten an answer that made sense to him. He didn't mind. Part of what he liked in women was the uncertainty that they created. There was always a sense of puzzlement, of tension. Tension was much better than boredom.
Crow's phone rang. He smiled and nodded his head.
"Bingo," he said.

マリファナをjointというのを初めて知りました。あと、使えなかったadroitという単語の使い方も知りました。

学生教育も、、、

なんといっても大学病院のいいところは学生教育が出来ること。

4年生の診断学の講義で使ったネタ。オンセットと時間経過から疾患概念を導き出し、痛みのアプローチから診断に迫る、、、というのが目的。ただ、確定診断はあまりに難しすぎてピンとこなかったみたい、、、

こっちはDr.Mの出したネタ。ローテートしている5年生と6年生にはぴったりだったみたいでした。神戸大の学生のレベルなら、MGHくらいは全然問題なく使えることが分かりました。

読んだ本

今日、明日と不明熱と対峙するための仕事です。なかなかに面白いです。不明熱はコモンな現象ですが、その原因はけっこうアンコモンなので、通俗的な臨床アプローチが通用しづらいのが特徴です。これを集中して勉強し、なんとかアプローチの道筋を見つけ出し、まとめてみようと、、、さて。

症例から学ぶ和漢診療学

臨床研究マスターブック

哲学入門(ラッセル)

これだけつながりのない本をよくまとめて読むものだと、我ながらあきれます。この間、週刊モーニングとJohns Hopkins Internal Medicine Board Review 2009-2009を同時進行で、、、、後者はやはり青木先生のマニュアル同様、の体裁。こういうのをlearner-efficient bulleted textと呼ぶのだそうです。1日10ページくらいで、無理のでない程度に読みます。昨日は糖尿病。本日は心内膜炎。ページも領域も決めず、節操なく秩序なく読むのが楽しいです。Giant Killing, シマシマ、かぶく者と面白いマンガが詰まったモーニングもはまって呼んでいます。そして、ついにシラスが、、、、

poem of the day

ぼくは道を転じて、動物たちとともに暮らせるような気がする
 彼らはあんなに穏やかで、自足している
ぼくは立って、いつまでもいつまでも彼らを見る
彼らは、おのれの身分のことでやきもきしたり、めそめそしたりしない
彼らは、暗やみの中で目ざめたまま罪をくやんで泣いたりしない
彼らは、神への義務を論じ立てて、ぼくに吐き気を催させたりしない
一匹だって、不満をいだかず、一匹だって、物欲に狂っているものはいない
一匹だって、仲間の動物や何千年も前に生きていた先祖にひざまずくものはいない
一匹だって、お上品ぶったり不幸だったりするやつは、広い地球のどこにもいない

ウオルト・ホイットマン ぼく自身の歌

今週のJクラブ

Male circumcision for the prevention of HSV-2 and HPV infections and syphilis
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割礼でSTDが減る、というスタディー。Dr.Rが「朝からこんなネタで」と言いながら楽しく発表しましたが、朝かどうかは関係ないんじゃないかなあ。

Bacteremia, central catheters, and neonates: when to pull the line
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新生児のラインを抜かないと予後が悪い(かも)という後向き研究。デュークのNICUってけっこうカテを抜かないんですね、、、、

Initial Low‐Dose Gentamicin for Staphylococcus aureusBacteremia and Endocarditis Is Nephrotoxic
Clinical Infectious Diseases 2009 vol. 48 (6) pp. 713-721

ゲンタマイシンは腎臓に良くない、、ということが改めて示されました。とくに高齢者にはご用心。なんか、これをよむとダプトマイシンがいいんだ、みたいな話になっていますが、ジョンズホプキンスの著者たちみんなCubistからお金をもらっているので、ちょっとなあ、、、と思いました。

傾向スコアを用いた共変量調整による因果効果の推定と
臨床医学・疫学・薬学・公衆衛生分野での応用について

日本語の総説でした。すみません、読みましたが白旗挙げてしまいました、、、、意義は分かるが、意味が分からん。

準決勝

CL準決勝、ManUはアーセナルと対戦です。

この二チームはかみ合うというか、いつも好勝負を展開します。お互いに相性の良いチームだと思います(やっている本人たちは敵愾心むき出しですが、、、)。昔の日産対読売クラブみたいな、あるいは一昔前のイングランド対西ドイツというか、古すぎるか、、、、

http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/europe/8001580.stm

さて、それにしてもCロナウドのゴールは見事でした。今シーズンというか、CL史上、あるいはサッカー史上10年経ってもネタになるゴール、、、

http://www.youtube.com/watch?v=01T8-0AXyQU

quotes of the day

valeur 価値

その語のまったき意味(戦いにおける勇気、果敢さ)では勇気を意味する。すなわち、ある人間においてもっとも称賛されていること。はたして、勇気を欠くような徳があるだろうか。しかしながら、質素、知性、記憶、健康、力強さもまた、価値である。すべての徳は価値である。だから、人間にやる気を起こさせるすべてのもの、したがって、集めるに値するすべてのものは、価値と呼ばれている。美もまた、価値である。すべての価値は蓄えに属する。お金や力まで価値の秩序は、道徳的な教えを為している。道徳的教えの変革はすべて、価値秩序の転換である、あるいは転換の試みである。

アラン 定義集

ノミっているよなあ………ちっぽけな虫けらのノミじゃよ!
あの虫は我我巨大で頭のいい人間にところかまわず攻撃を仕掛けて戦いを挑んでくるなあ!
巨大な敵に立ち向かうノミ………………これは『勇気』と呼べるだろうかねェ?
ノミどものは『勇気』と呼べんなぁ。
それではジョジョ!『勇気』とはいったい何か!?
『勇気』とは『怖さ』を知ることッ!『恐怖』を我が物とすることじゃあッ!
呼吸を乱すのは『恐怖』! だが『恐怖』を支配した時!
呼吸は規則正しくみだれないッ!波紋法の呼吸は勇気の産物!!
人間賛歌は『勇気』の賛歌ッ!!人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!!」

ジョジョの奇妙な冒険

本をたくさん読んでください。本には何か大きなもの、歓喜を呼び起こすもの、あるいは自分を深めてくれるものが詰まっています。

スーザン・ソンタグ 良心の領界

選びは特権から構成されているものではない。それは有責性によって構成されている(・・・)それは人間としての私の地位に由来する。すべての人は、「私」である限り、他の人々とは違っている。そして、他のすべての人々に対する道徳的義務が「私」には課せられているのである。道徳性についての根源的直観とは、おそらく私は他者の等格者ではないと気づくことである。私は他者に対して責務を負っていると感じている。それゆえに、私は私自身に対しては、他の人々に対するよりもはるかに多くを要求するようになる。

内田樹 他者と死者より、レヴィナスのことばを抜粋

124番目のクラビット

クラビット(レボフロキサシン)は、世界で最も汎用されている抗菌薬の一つです。

 127カ国で使われているこの抗菌薬、濃度依存性のため、通常は1日1回投与です。しかし、これの分割投与の適用、1日3回投与などと添付文書で書かれているまれな国が、日本です。

 今年、やっと日本でも1日1回投与が可能になるようです。124番目の国だそうです、とMRさんから説明を受けたので、「残りの国はどことどことどこですか」と質問したら、これは台湾、中国、韓国の3カ国だそう。でも、よく聞いてみたら、この3カ国でもすでに1日1回投与も添付文書に載っており、1日3回と併用しているのだそうです。日本は実は、127カ国中、ビリなのでした。

先週のジャーナルクラブ

先週のジャーナルクラブを忘れてました。

The value of QuantiFERON(R)TB-Gold in the diagnosis of tuberculosis among dialysis patients
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透析患者さんのQFTはツ反よりは結核診断には有用かも、、、という小さなスタディー

Randomized, double-blind, placebo-controlled trial of cephalexin for treatment of uncomplicated skin abscesses in a population at risk for community-acquired methicillin-resistant Staphylococcus aureus infection
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市中MRSAの多いところではけっこう大きな皮下膿瘍でもドレナージだけでもOKという論文。セファレキシンVSプラセボという、面白い比較。

Guidelines for the diagnosis and management of disseminated intravascular coagulation
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DICの最新のガイドライン。それにしても、僕が学生の頃からほとんど変化がない、、、

漢方診療を振り返る

漢方診療を学び始めたのは学生の時。出雲市の阿部勝利先生という方のところに土曜日の昼に行くと、お昼ご飯が振る舞われて、漢方診療の基本的なレクチャーを受けることができました。当時うつ病を患っていた僕は、そこで煎じ薬ももらって飲んでいました。たしか、香蘇散だったかな。その阿部先生もだいぶん前にお亡くなりになってしまいました。

学生のころは、患者さんを診ていないので、「証」のイメージができません。そのまま、なんだかよくわからないお題目だなあ、ということで忘却の彼方に消え去っていきました。

その後は、系統的な漢方の勉強はまったく止めてしまって、即物的に花輪壽彦先生の「漢方診療のレッスン」を「マニュアル」代わりにして、患者さんの症状に合わせて薬を出したりしていました。かぜに葛根湯、咳に小青竜湯、むくみに防已黄耆湯、、、みたいな。

ところが、大学病院の外来を持つようになって、あちこちの医療機関にかかってもなかなかよくならない、という「いわゆる」不定愁訴的な感じでおいでになる患者さんが増えてきました。症状が複雑で、生半可な勉強ではとても太刀打ちできない、と反省した僕は、もう一度漢方を系統的に勉強し直すことにしました。

で、読んだのが「はじめての漢方診療十五話」です。これはJIMに連載されていたもので、良い意味で同じはなしが何度も繰り返されて、とてもよい勉強になりました。学生の時はぴんと来なかった陰陽、虚実、気血水が割と具体的にイメージできるようになってきました。今日から、活用できるといいです、、、、、また、これを機会に勉強し直したい、と思いました。

北風が勇敢なバイキングをはぐくむ、、、

四月も中盤戦です。年度初めのスタートダッシュ。良いスタートを切れた人もいるでしょう。飛ばしすぎてお疲れの方もおいでかもしれません。自分の思うがままにならず、苦痛と苦悩にあえいでいる人もいるでしょう。まるで、世界中があなたの敵になって総攻撃を受けている、不当な仕打ちを受けている、と感じている人もいるかもしれません。こういうときは、なんで僕「だけ」が?と閉じたループに引きこもってしまいがちです。

僕も月曜の朝からひきこもりモードで、世界の不幸を全部一手に引き受けたかのような幻想を感じてどんよりの通勤です。外はこんなに気持ちのいい朝なのに。もちろん、幻想は幻想に過ぎず、世界は僕とは全く無関係に流れていっているのですが、、、、そうしたら。

なんと、うちの職員さんが、僕のオフィスを密かに大改装してくれていました。これで気持ちが救われました。明けない夜明けはなく、救いのない苦悩もないのでした。ちゃんと帳尻が合うようになっています。必ずあなたを気遣ってくれる存在は、いるのでした。

冷たく厳しい北風こそが、気骨ある勇敢なバイキングを育ててくれる、、、苦しいときが、自分の成長のありがたい機会である。まあ、お題目なのでそのように心から思うのは本当は大変なのですが、そんな風に感じられたらなあ、と思います。僕の外来に来る人は(なにしろ病院ですから)皆多かれ少なかれ、何らかの苦悩と苦痛を感じておいでになっています。ハッピーハッピーな外来なんて、産科外来(の一部)など例外的な存在です。みんな、苦痛と苦悩を乗り越えて、、、と言わないまでも、うまくやり過ごして、帳尻の合うその日を期待して待てるようになればいいのになあ、と思います。

しんどいときは、心を鼓舞するような元気なモードを求めることもあれば、自分の気分にあったどんよりなモードを渇望することもあるでしょう。これも一種のペーシング。僕は後者ですねえ。こんなときにお奨めな一冊。「悲しい本」です。

読んだ本

他者と死者

 分かりにくいレヴィナスとラカンを、そのわからなさそのものがもたらしている効果から切り出しています。大抵、本は読み進めるとだれてくるものですが、この本は先に進めば進むほどエキサイティングな展開になっており、その点は内田作品群でも出色の出来だと思いました。

病いの哲学

 うーん、消化不良な感じが、、、、些細な引用と議論の積み重ねをしていたのに、いきなり逆ギレされてちゃぶ台をひっくり返された感じ、、、、かな。

ラカンはこう読め!

 こちらは非常にエキサイティングな本でした。前にも一回読んでいたのですが、もう一度読み直すと気がつくところがたくさんありました。卑近な下世話な例ばかりなのに、心を打つのが不思議。

ザ・マインドマップ 超入門


マインドマップそのものは面白いし、グラム染色による細菌の分類などはこれでいけるかな、と前から思っていました。ただ、「正当性」を主張し出すとどうかなあ、と言う感じです。科学的な理論に裏付けられた、というまるで「NASAで開発されたお絵かき帳」みたいです。そして、オールマイティー性、ルール通りにやらねば「本物」authenticと認めない狭量さ。「正しい鉛筆の使い方」を講釈されても、、、

すくなくとも、マインドマップのお陰でコミュニケーションがうまくいったりはしないだろうなあ、、、二項対立は質の高いコミュニケーションから一番遠いものですし、「大文字の他者」もいないしねえ、、、、

基本的に、、、

暗い音楽が好きです。明るい曲もだめではないけれど。繰り返して聴くのは、どうしようもなく暗い曲。ピアノか、ギターがとくに、、、

今、繰り返して聴いているのは、ジプシーキングスのインスピレイション。鬼平犯科帳のエンディングとしても知られていますが、あのしっとりとした時代劇によくマッチしています。池波文学もしっとり感がよいですね。

根が暗いんだろうか、とうちの職員に言ったら「それはない!」と即座に返されました。

本日のMGH

難しい。。。。学生もいたし、面白いケースで盛り上がりました。ハリソンの輪読会は結核。こっちは大きなネタなので、今日は疫学、病態生理まで。

CBT(認知行動療法)、、、

CBTは難しいし、素人が手を出す危険性もあるので、ちょっと勉強したあとは手が出せないでいました。しかし、そうも言っていられない部分も出てきたので、どこまで実践可能か模索中です。まずは患者さん本人にやってもらうのがいいかな、と。

うつからの脱出 プチ認知療法で「自信回復作戦」

これは面白かったです。なによりもCBTは魔法ではない、と最初から言い切っているのが潔い。まず失敗しよう、という提言も納得のいくものでした。診察室において、必要な患者さんに貸してみたいと思います。

自信をもてないあなたへ 自分でできる認知行動療法

こっちのほうがたぶん「正当」なCBTなのでしょうが、ちょっとなあ、という感じです。原題は、Overcoming low self-esteemなのですが、self-esteemが至上の価値、という英米の世界観が前提にあって、そこが揺るがない絶対正義になっているのは気になります。春日武彦さんがおっしゃるように、精神科疾患は国家・文化によって恣意的に規定され、切り取られている部分があるでしょうし、、、、、、「非常に厳密な科学的テストにかけられてきた信頼できる療法」みたいなオールマイティー性を謳う言説も気になります。ちょっとコーチング・NLPに通じるところもありますねえ。いけなくはないんですが。

これも便利

もういっこ便利なソフトを。

最近、勉強してまとめたものは、青木先生のマニュアル風というか、Copeの急性腹症というか、ウィトゲンシュタインの論考風というか、仲田先生のNEJM総論まとめというか(しつこい、、)、箇条書きにしてまとめるスタイルを好んでいます。今書いている外来感染症の教科書の改訂版も、大幅にスタイル変更を目指しています。

で、今まではテキストエディタにまじめに書いていたのですが、簡単に書けて、それをまとめて、Keynoteにぼんと一括変換できたら楽やろなあ、と思っていたら、ありました。

OmniOutliner

これは結構便利。レクチャーも二度手間が省けて、、、いまはお試し期間中ですが、使えそうだったら買おうと思います。

PDF書き込み

なんか、探すとよいフリーソフトはたくさんありますね。

PDFの書き込みも以前からしたかったんですが、忙しくて面倒くさくて探していませんでした。アクロバットでも買おうか、、と思っていたら、skimというのでいけることが分かりました。お金がなくても、いろいろできるものですね。まだ、使い始めたばかりでイマイチ上手にできていませんが、設定を工夫したら、使えるかな。

賞味期限をわきまえながら、、、

ビジネスモデルには賞味期限があり、その賞味期限は近年どんどん短くなっている、、、こんな話を聞いたことがあります。

そういえば、破綻したリーマンブラザーズもそのちょっと前には優良企業としてそのビジネスモデルが雑誌とかで賞賛されていたそうです。そういう雑誌は反省せず、沈黙するだけなのですが、、、

教育モデルも、本当は内田樹が「街場の教育論」で指摘したように、10年、20年というスパンで評価されるべきなので、新しいモデルの正しさ、妥当さは、そのときには誰にも分かりません。誰にも分からないものを、さも分かるかのように喧伝し、そのオールマイティー性を謳った場合、それは「うさんくさい」、ということになります。朝4時くらいにやっている、テレビショッピングのダイエットグッズくらい、うさんくさい。

教育論は、控えめに中腰で、自信なさげにやるのが健全で、胸を張って鼻息荒く、「俺が正しい、教育論」をぶつとき、それは信用に値しない、という皮肉が生じるのでしょう。

それに、教育者も被教育者もそうですが、同じモデルをずっと使っていると手垢がついて「飽き」がでてきます。賞味期限が切れたのです。学者は同じことばかり言っていてもだめ、というわけで新しいモデルを作りにかかります。そのような意図そのものが、一種のバイアスとなって働く、ということもあるでしょう。

「最新の教育モデル、こんなことも知らないの?」とその「最新性」を自らの優越感と引き替えにしている場合、それは今年のモデルのハンドバッグを知っているのと同じ構造しか持っていないのでした。流行のバッグを知らないとダメなのか?は分かりませんし、まして持っていないといけないというのは誤謬に過ぎません。似合っているかは、いうまでもなし。

ハンドバッグ同様、教育モデルには、その教育者のもつキャラによる好み、相性もあるでしょう。俺にはどうしても似合わない教え方、というのはあるものです。まあ、主観的な好みと、他人から観た「似合っている」は乖離することもあります。おしゃれと身だしなみは異なる、ということでしょう。

何が言いたいかというと、暖かくなってきたので、そろそろ春物の衣類を用意しなくてはね、ということでした。

文献などデータ管理

長い間、Endnoteで文献整理をしていたのですが、けっこう遅いしWORDを使わなくなったので、すこしうっとうしかったです。そうこうしているうちにmacのOSが新しくなったら互換性がなくなってしまい、高い買い物をまたするのはなあ、と逡巡していました。

Zotero
というソフトについては知っていたのですが、なんか暇がなくて使ってみることができませんでした。最近、使ってみたらとても快適だったので、これをしばらく使ってみたいです。論文だけでなく、いろいろな項目を整理できるのも便利です。これでただとは、素晴らしい。

些細なことですが、リストを作った後、その順番を入れ替えることができなくて困っています。だれか、教えてください、、、、、、

あと、噂ではSenteもいいそうですが、有料でこちらは試していません。

文献PDFのアーカイブにはPapersを使っている、というはなしはどこかでしました。これは体感的に楽しい便利なソフトです。

日本脳炎ワクチンをたくさん接種する方法

日本脳炎ワクチンは入手が難しいです。最近、米国でも新しい世代のものが発売になり、日本でも販売間近、という噂も聞きます。

日本では、3歳になったら2回接種、翌年追加接種なのですが、この3という数字に根拠はあまりないようです。

実は、日本脳炎ワクチンは1−3歳までに打てば、半量で行けるので、供給量が少ないことを考えると、1歳に打った方がよいのでは、と思います。供給量倍に。いかがでしょう。

NBMとEBM

前にもとりあげた「臨床のためのEBM入門」と「ナラティブ・ベイスト・メディスンの実践」同時読みは、2つの世界観を空間的に把握するのにとても有用な体験でした。既知の情報についてはすっ飛ばして読んだので、それほど時間はかかりませんでした。修士課程以来、EBMの教科書を通読していなかったので、よい復習にもなりました。

研究の包含基準と除外基準を厳密に適用するよりも良い方法は、研究結果が患者に適用できない何か決定的な理由がないか問うことである。

とか、CIがPとnだけで計算できている、とか、バイアスとは真実からの系統的なずれをいう。といったコメントに新たな気づきを得ました。

NBMについても、これまで別個にとらえていたNBM、質的研究、M−GTA、構造、現象学、間主観性、スピリチュアルペイン、反証可能性などといったキーワードが一つの空間の中に同時に現れたので、新しいとらえ直しが出来たのでした。この本は前に読んだ翻訳本よりもずっと納得のいく(自分の体験から照らし合わせて追体験できる)本で、入り込みやすかったのも良かったです。

ただ、岩田は微生物は実在しても病気(例えば感染症)は実在しないという見解を今は持っているので、NBMが従来型の生物化学的な医学と異なるもの(ひとつの物語りとして組み込んだとしても)というよりは、両者は構造というキーワードでより包括的な理解の仕方が出来ると思いますし、それを好みます。

つまるところ大切なのは、何をめざしているのか、というところからの逆算で、それが方法論を自然に決定してくれるということでしょう。はじめに方法論ありきだと、信念対立は避けられないですし、、、、これは病歴か検査か、入院か外来か、薬か薬以外か、などあらゆる医療における対立構造の解消に役に立つと思います。やっぱこれも西條さん滴には構造構成主義なのかもしれませんが、主義って言っちゃうべきなのかは、よく分かりません。

NBMのとらえなおし

今、総復習のために「臨床のためのEBM」Guyattら 医学書院、と「ナラティブ・ベイスド・メディスンの実践」齋藤・岸本 金剛出版を並列して読んでいます。新しい情報の奪取も楽しいですが、振り替えし、編み直し、読み直しもまた楽し、です。

ずっとひっかかっていたことが突然すっきりしました。私はイギリスやアメリカから発信されるNBMのどこかにものすごいうさんくささを感じていたのですが、その原因がやっと分かったのでした。ちなみに、アメリカやイギリスのEBMにも同様のうさんくささを感じていて、それは明らかに価値にハイエラキーを作っておきながら多様な価値観を大切にしてます、みたいな二枚舌(ダブル・スタンダード)を作って理論武装(逃げている)態度に由来しています。

医療人類学的には、いわゆる「病気」を、患者の主体的な体験である「病い:illness」と、客観的に証明できる病理学的実態(あるいは概念)としての「疾患:disease」に分けて考える。

上記 ナラティブ・ベイスド、、、より

ここだ、と思いました。この二元説的な主張(分けて考える)は、ゆくゆくはジェネラリストVSスペシャリストとか、患者をみる医療VS臓器をみる医療という対立構造の温床にもなっている(部分もある)と思いますし、アメリカでも欧州でも日本でも見られるルサンチマンの遠因にもなっています。

現在、出版を準備している本では、この対立はそもそも存在しない、という主張をしています。「分けて」考えることそのものが不可能なのだ、というより構造主義、構造構成主義的に突き詰めた、したがってラディカルな考えを提示・提案しています。西條さんに「岩田の疾患論はナラティブの物語り?」と問われたときに、それとは微妙に異なる、、、、と感じたのはそのためでした。と、この話は長くなるので、本が出たときに。でも、出版社からは断られ続けているので、どうなることやら。

師弟関係を突き詰めて、、、

教育に関する議論は技術論か根性論・情動論のどちらかにながれがちですね。まずはそこから揺さぶるのが大事かも知れません。とくに後期研修では。

「弟子」とは「自分が「子ども」の位置にいることに気づいた子ども」のことである。「敗者」とは「自分が「子ども」の位置にいることに気づかない子ども」のことである。

  内田樹 他者と死者 ラカンによるレヴィナスより

Polyarteritis nodosa associated with streptococcus

Arch Dis Child 1993 vol. 69 (6) pp. 685-8

溶連菌感染後で皮下結節、当然ENだと思いこんでいたら、思いこんでいる自分はしばしば間違う、という苦い教訓が天から振ってくるのでした。また、勉強させていただきました。

構造と力

なかなか難しくてページが進まなかったですが、ふと勢いがついて一気に読破してしまった構造と力。でも難しいっす。スピード感あふれる内容なので、気にせずその場は読み通して、あとでゆっくり各論に行けば入門書としてのこの本はOKかなあ、、、、、

臨床瑣談

生協で衝動買いした本です。うーん、微妙だなあ。

そのまなざしと洞察と、深みのある文章ではありますが、、、、、妥当性の検証の方法論が問題なのだと思いました。仮説検証と仮説生成の混乱も、問題の根っこにあるように思います。学生時代に感動したスーザン・ソンタグの本も、最近見直したときに同じような瑕疵を感じたものでした。

良くも悪くもみすず書房的、そして19世紀的、という感想を持ちました。

when to start HAART,,,,

永遠の謎にも思えるHAART開始時期。NEJMの論文。オンラインで、でました。

http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMoa0807252

Sax 先生のコメントも効いています。

http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMe0902713v1

求められれば、出すか、、、、

NBMの本

流れの中で、本書を手にとったけれど、ちょっとこれはイマイチでした。こちらの感受性の鈍さのせいかもしれません。

出版されたのが1998年と古いことも影響しているでしょう。患者が阻害されている、というルサンチマンも今の目から見ると感覚としては古さを感じます(なくなってはいませんが)。臨床現場から阻害された「疾患」という実在物をみず、そのことを構造主義的にとらえる、というのは分かるのですが、それにしてもこの本は冗長に過ぎます。エッセイ集のような構成にも問題があるでしょうし、あとはやはりオールマイティー性には感覚的なはてな感がでてきます。実際の現場では物語っても上手くいかないことも多々ありますが、そういう制限を明示しておかないと、科学性や論理性が担保できないし、教条的、お題目的、きれい事的、そして実話という名のファンタジーにどうしてもなってしまいます。

ならば、本書のなかに示唆されていたようにむしろフィッツジェラルドやトルストイやドストエフスキーや大江健三郎や、村上春樹やチャンドラーやサリンジャーやプルーストを素直に読んだ方がNBMの体得には役に立つような気すらします。質の高いフィクションほどリアリティーの高い読み物はないのだから。

構造構成主義研究3

西條剛央さん、作業療法士の八杉基史さんとの対談が載っています。よかったら読んでみてください。

いろいろ反省

いよいよ新年度。1年間がたち、ちゃんと生きていることにまず驚きです。本当にいろいろなことがありました。

研修プログラムをまがりなりにも立ち上げたのですが、なかなか困難の多いことでした。自分で改善できることもあれば、気がつきにくいところもあります。メンタルに健全でいるためにも、1プログラムで指導医は最低二人はいた方がよいと思う所以です。

それでも、外部の方が結構見学においでになるので、そういうときのフィードバックは役に立ちます。教育は○か×か、とかゆとりか詰め込みか、といったカテゴリカルな切り方をするのは不可能です。だから、立ち位置を微調整していかねばならないのですが、それを自律的に行うのは難しい。耳に痛いフィードバックもありますが、それをいかに素直に受け入れてよりよいものにしていくか、のほうが大事かも知れません。朝令暮改は全然OKなのでしょう。

新メンバー、外部からの研修生、学生などいきなり大所帯になります。さて、どうまわっていくことやら。

和風プログラム

なんか、よく分からないのですがたいへんなことが起きそうな予感です。

http://tadao-okada.blogspot.com/2009/04/blog-post.html

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