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2009年6月

大学の素晴らしさ

やはり、大学の素晴らしさはその道の超プロがたくさんいることです。感染症領域のプロが神戸大にはたくさんいます。もともと僕は基礎の研究者になりたかったので、彼らに教えを請うと実にエキサイティングな話をしてくれます。プロの話は、いつだってエキサイティングなのです。

http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0001769027.shtml

インフルエンザウイルスのプロもいらして、とても勉強になっています。

http://www.sysbio.jst.go.jp/j/sakigake/saki_06.html

まあ、下手をすると書類処理屋、雑用係、会議で座っている人、になりがちな大学生活ですが、そう捨てたものでもない(こともある)ということです。

肺炎特集号

Medical Practice 7月号は肺炎の特集です。なんかすごい内容で、闇鍋を食べているみたいです。私は抗菌薬を変える、止める部分についてちょっと書きました。よかったらご一読ください。

プライマリ・ケアの死(アメリカ)

もう何年も云われていることですが、アメリカのプライマリ・ケアが危機的状況です。医学生もこれを目指そうとはしていません。そんな痛みがにじみ出る論文です。

http://www.annals.org/cgi/content/full/150/10/725

quality improvementそのものが現場の質を落とす、という皮肉がアメリカ的で、それは私も10年近く前から指摘してきたアメリカ独自の形式主義です。メディケアを広げて国民皆保険にして、医者も政府雇われの公務員になろう、と著者は提言します。悲痛な覚悟がそこには見えます。

現状のルサンチマンが生んだものであるがゆえに、「神は死んだ」のでした。同じように、専門医療へのルサンチマンが醸造するような不健全な形でのプライマリ・ケアは死んでしまうより他ないと私は思います。すくなくとも、アメリカのような社会では。だから、目指すのであれば異なる構造を目指すべきなのでしょう。ルサンチマンを乗り越えた形での、プライマリ・ケアを。

こんなのもあります。

http://content.nejm.org/cgi/content/full/360/26/2696

http://content.nejm.org/cgi/content/full/360/26/2693

昨日のJクラブ

The Journal of trauma 2009 vol. 66 (5) pp. 1343-8
de-escalationの有効性を検討した後ろ向きスタディー。なかなか検討しがいのある興味深い論文ですが、致命的な疵が、、、、学生さんにレターを書いてもらうことにしました。研修医にスーパーバイズしてもらい、、、こうしてワンランク上の医学生になってもらいたいのでした。

好運か、それとも

バタイユの「ニーチェについて」。ばらばらに壊れた本ですが、強烈に魂を揺さぶる本でもありました。酒井健氏の注釈と解説がむしろ、私をいろいろなところに導いてくれました。

いろいろなつながりが私を驚かせました。バタイユ、ニーチェ、第二次世界大戦、ラカン、性愛、プルースト、シエナ、運命愛、不安、ブレイク、チェザレ・ボルジア、モーリス・ブランショ、ヘミングウェイ、サルトル、カミュ、、、、なんと恐ろしいことでしょう、、

ティファニーで朝食を

話題の1Q84は買っているのですが事情あってまだ読んでいません。

代わり、というわけではないのですが、「ティファニーで朝食を」を読みました。昨年、たぶん1年以上前に買ったものですが、なぜか読み進まず、そのままになっていたのでした。頭から読み直しました。心の芯にせまってくる痛さがそこにありました。美しく奔放なホリーと、彼女を透明に、そして遠くから穏やかに愛する語り手の「僕」。「やれやれ」に代表される、村上節全開で、珍しくお節介な翻訳が展開され、カポーティの作品と言うより村上春樹との合作みたいです。

本日のJクラブ

吸入ステロイドは安定したCOPDにどうか、というメタ分析

言葉の強さ

シモーヌ・ヴェイユのヴェイユの言葉。言葉と意志の強さが垣間見られます。ただ、その強さ故に温度差を感じ、僕にはついて行けないところもあります。労働者についてとかファシズム、戦争についてという彼女にとってのリアルな問題が、僕の居る世界に共感をもたらさないからでしょう。恋に悩んだり神の存在を問う言葉の数々にはつよいメッセージを感じましたが。

感情が高まり、熱意が高まると逆に読み手がひいてしまうことがあります。そんな感じ。むしろ師であるアランの方が一歩距離を置いた物言いなので逆に説得力が高い。強く押されると人間は頑なに動かない。押さなければ、勝手に動く。

同じように言葉の強さの目立つ「善悪の彼岸」「道徳の系譜」。むしろこっちのほうが説得力がありました。あんなに難解なニーチェの言葉も、なぜか(難しいけど)胸にすんなり落ちてきます。いま、20年ぶりくらいにあの「ツアラトウストラ」を再読中ですが、面白いくらいにすいすい読めてしまいます。なんなんでしょうね。

薬害と医薬品認可(ロハスメディカルへのコメント)

http://lohasmedical.jp/news/2009/06/16000051.php

に対して提出したコメントです。こちらにも出しておきます。

岩田健太郎と申します。

 まず、薬害とは何か、という根源的な議論が充分咀嚼されないまま「薬害はよくない」が「副作用は良くない」にいつのまにか変換されるリスク・誤謬 を明示されたことは大切だと思います。有害事象が起きることが薬害である、という観念をいだいてしまうと医療そのものを放棄する以外、これを払拭する手段 はないからです。いろいろな見解はあるでしょうが、有害事象が有害事象として患者、医療者、行政官などのプレイヤーに認識されないまま被害が広がり続ける ことが薬害なのでは、と私は緩やかには認識しています。
 また、当事者が問題に対応すれば適切な対応になる、という幻想にメスを入れられた見解にも同意します。むしろインサイダーになってしまうと、「立場」 「事情」「情念やルサンチマン」が渦巻いてしまい、理にかなった判断が出来なくなることはよくあります。何が問題でどこがゴールなのか、という問題解決の 根本的な枠組みも見失われやすくなるのです。
 
 ところが、このような高い見識が開陳される一方で、とたんにPMDAそのものの評価がアマアマになってしまうのが堀氏の議論展開の弱点です。これは、彼女が指摘した「検討委員会」の構造的弱点と全く同じ構造からくる誤謬なのが皮肉です。
 例えば、仕組みの構築に「PMDAに任せるのが妥当」ととくに根拠も示さずにいきなり結論づけられています。しかし、医薬品というプロパティの属性が製 薬メーカーやPMDAだけに所属するのではなく、ユーザーたる医師、薬剤師、患者などたくさんのキープレイヤーたちが関与したものである以上、このような 乱暴な物言いは許されません。そもそも「薬害」という構造を生み出す最大の要素が情報隠蔽、情報のラテラリティーなのです。最近、ようやく是正傾向にあり ますが、既存の薬剤添付文書改正や運用の改善、新薬の運用に関してユーザーの声が非常に届きにくいのは厚労省やPMDAのお役所体質、問題が大きくなりす ぎないと認識しようとしないことなかれ主義にあります。

http://www.mhlw.go.jp/public/bosyuu/iken/p0618-1.html

 厚労省もPMDAも程度の差こそあれ、叩かれて引きこもるという日本のおかみ依存、過度な責任引き受け、歪んだ使命感と諦観がもたらす沈黙、とい う同じ構造がぎくしゃくの遠因になっています。プレイヤーは異なれ、「構造」そのものは同じです。だから、仕組みの構築にはどこかが全てをになうようなラ テラリティーを排除したやり方が望ましいです。もちろんそのためには、国民(被害者の会だけではなく)、医療者、学術団体も「自分たちの問題」という意識 を高く持ち、「誰かに任せる」依存体質を廃してプレイヤーとして毅然と振る舞い、参加することも必要なのですが。

 治験にたいする堀氏の見解も弱いです。「はじめに治験ありき」という立場が貫かれているので、それに対する条件留保がないのが問題です。例えば、 「やってみたら、どうも海外と違いそうだということがあります」とありますが、ではそれは何パーセントで生じるのか、全ての医薬品に対して一律に行う必然 性はどれくらいあるのか、なぜ他国では同様の見解が為されない(ことがある)のか、ドラッグラグとのリスク利益のバランスを考えてどこまで許容できる懸念 なのか、という部分が抜け落ちています。やめてしまえというのが極論であれば、根拠の「程度」が明示されないまま「とりあえず治験」というのもやはり極論 です。

 私は、ある抗菌薬の添付文書の副作用情報が事実に反しているのでそこをただして欲しい、と要望したことがありますが、「臨床試験がないのでダメ」 と拒否されたことがあります。しかし、文書そのものに根拠がないものを新たなデータを揃えないと改訂しない、というのは論理的整合性を持っていません。 「とりあえず治験」「治験をすることそのものの自己目的化」という役所(あるいはそれに準じた構造物)が陥りがちなトートロジーがそこには見え隠れしま す。

 「こういうことが起きるかもしれない」という事前の注意喚起は結構ですが、それがいつの間にか「禁忌」になってしまい、ユーザーの手足を縛ってし まうのも日本の添付文書の特徴です。これは新型インフルエンザ対策の誤謬とパラレルで、お上が箸の上げ下ろしまで規定してしまうとユーザーは現場で困惑し ます。注意喚起と命令は別物だということです。もちろん、添付文書は命令ではない、という「理屈」は成り立ちますが、それは現実にはそう運用されていない 以上、机上の空論、アリバイ作りに他ならないのです。
 
 他の国からニセ薬を売られるリスクは何パーセントくらいあるのでしょう。自国で薬を作る、何パーセントの薬は自前で供給しなければならないのでしょう。 それは現在の我慢や忍耐を強要するほどの国益なのでしょうか。あるいはどこまでのそれが国益なのでしょうか。治験をやらないでも国内に導入して良い薬だっ てたくさんあるはずです(実際政治的に入れられていますし、、、)。治験をやる、という前提が目的化される誤謬が払拭されず、治験スキップの懸念を「ある なし」ではなく「どのくらいのリスク」という量的吟味がされない以上、結局はこの議論は既得権益の保持や立場の固持(誇示)といったチャイルディッシュな 議論に堕ちてしまうのです。立場の固持(誇示)はラテラリティーの温床です。ラテラリティーこそが、薬害の温床でもあることを、我々は再度理解し、確認す る必要があるのです。

岩田健太郎
教授
医療リスクマネジメント分野 神戸大学都市安全研究センター
微生物感染症学講座感染治療学分野 神戸大学医学研究科
感染症内科診療科長 神戸大学医学部附属病院
副センター長 神戸大学感染症センター

昨日のJクラブ

昨夜は姫路で外科の先生を対象に抗菌薬の話をしました。他科の先生にお話しする「他流試合」は私は大好きで、県内で積極的に交流を深めていきたいといつも思っています。

さて、そんなこんなで昨日は夕刻バタバタと病院を出たのですが、昨日のお昼のJクラブは「あの」エンドトキシン吸着療法の話。

http://jama.ama-assn.org/cgi/content/abstract/301/23/2445

ブラインドがかけられない、死亡率が高すぎる、Nが小さい、実はアウトカム設定がおかしいんじゃないの?など、瑕疵を見つけることはできるにはできるのですが、それを凌駕するくらい、「既存の常識」に一石を投じる価値の高い論文だと思います。もちろん、これが全ての終わりというわけではないのでしょうが。

敗血症性ショックの患者にエンドトキシン吸着療法を行うのは、少なくとも理にかなった一つの選択肢と呼べると思います。ただし、元気な患者の「エンドトキシンレベルが高い」ことを理由にPMXはちょっとストレッチしすぎかもしれません。病棟でどのように上手に説明するのかが、プロの大事な仕事です。言い訳もごまかしもひいきの引き倒しもなしに。主治医とコンサルタントは同じ目標を目指さねばならないのですから。

統計の勉強し直し

統計学は、しょっちゅうソフトを使っているわけでもなく、何年かに一回総復習しないと忘れてしまいます。もう一回勉強し直しました。ロジスティック回帰分析についてはたくさん新たな発見がありました。

本日のMGHケース

結構基本的なケースですが、5年生、6年生の教育にはちょうど良いくらいでした。神戸大の学生でも、ちゃんと教えればNEJMレベルのことはできると思います。

本日のJクラブ

Normalization of serum rapid plasma reagin titer predicts normalization of cerebrospinal fluid and clinical abnormalities after treatment of neurosyphilis

Clin Infect Dis 2008 vol. 47 (7) pp. 893-9

血清のRPRで神経梅毒をフォローできるか、という命題。まあまあいけそう。

今週から試行的にJクラブを毎日やっています。毎日一本。ヤ○ルトみたい。

エイズ講演会のご案内

「inada.doc」をダウンロード

稲田先生は、私がNYの内科研修医時代お世話になった方で、今はケニアでご活躍中です。ぜひご参加ください。

エイズ講演会のご案内(仮)   

時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
今回日本に一時帰国された稲田頼太郎先生をお招きして講演会を開催することになりました。
稲田先生は93年にラング博士と共にイナダ・ラングエイズ研究財団(ILFAR)を設立し、日本人医療関係者にエイズ診療体験研修プログラムを実施してこられました。その一方で、2000年にケニアのスラム地区で、エイズ医療体制構築のため賛同者と共に無料診療を開始し、09年3月までに16回の無料診療活動を実施されています。
どうぞ万障お繰り合わせの上、是非多数のご出席をいただきますようお願い申し上げます。

日  時:平成21年7月8日(水曜日)  19:00~20:30
場  所:三宮研修センター 
神戸市中央区八幡通4-2-12  Tel 078-232-0081  

特別講演
座長 神戸大学医学部付属病院感染症内科
教授 岩田健太郎 先生
『知ってほしい最新エイズ事情 
ニューヨークからナイロビへ』
ILFAR代表 稲田頼太郎 先生

共催  神戸大学大学院医学研究科医学部感染症センター
神戸大学医学部付属病院感染症内科                                     
グラクソ・スミスクライン株式会社

あなたもEPOCはやめませんか?

神戸大学病院では初期研修医の相互評価システムEPOC使用を止めることにしました。

まえまえから評判の悪いシステムで、指導医からも研修医からも愛されていないシステムでした。俺はEPOCのおかげで医者として成長された、なんて研修医もいないでしょうし、これを基準に就職や昇進が決まったドクターも皆無でしょう。評価のアウトカムが得られず、そのコストは多大だったのでした。評価にコストがかかる、という単純な事実を直視しなくてはならないのです。これは、新型インフルエンザ診療リソースも無尽蔵にあると考えてしまう誤謬とパラレルです。

たぶん、偉い学者さんが頭の中で、机の上で考えた産物だったのでしょう。たとえて云うならば、世界で一番多機能な携帯電話みたいなもので、それは専門家的には他の専門家の度肝を抜く産物でしょうが、ユーザーにとっては「一番使いにくいケータイ」に決まっているのです。

おかみに決めてもらうおせっかいさとおかみに依存する[共犯関係」とはそろそろ決別しなくてはなりません。あなたも、EPOC、止めてみませんか?楽になりますよ。

未承認薬・添付文書問題

できれば、メディアにも採り上げて欲しい添付文書問題。このような話が出ています。ぜひ皆さんひとりひとり、声を上げてみてください。

医療上の必要性が高い未承認の医薬品又は適応の
開発の要望に関する意見募集について

平成21年6月18日
厚生労働省医政局研究開発振興課
医薬食品局審査管理課

海外では認められている医薬品のうち、わが国では承認されていない医薬品、あるいは承認等された効能・効果又は用法・用量が異なる医薬品(以下「未 承認薬等」という)であって、医療上の必要性が高いものについては、わが国の患者に早急に提供できるよう、その開発を促進すべきであると考えています。

つきましては、医療上の必要性が高い未承認薬等の開発について、ご要望を募集しますので、ご要望がある場合には、下記によりご提出をお願いいたします。皆様からいただいたご要望については、検討の対象として活用させていただきます。

教育をぶっとばせ

内田樹さんが推薦の本。ナイーブな内容ですが、微妙であいまいでグレーな教育の問題をよく扱っていると思います。

今日の感染症レクチャーの内容

学生、研修医のためのイブニングセミナー。今日は僕の担当です。下痢症がテーマです。そのレジュメはこんな感じ。

感染性下痢症 last updated June 21, 2009

▼    下痢症の何が問題か
    •    毎年250万人の死亡
    •    適切なケアがあれば死なない
    ▼    伝播は三種類
    •    食べ物
    •    水
    •    人
▼    細菌性下痢症
    ▼    三大原因菌
    •    サルモネラ
    •    赤痢菌
    •    カンピロバクター
    ▼    その他
    •    大腸菌
    •    Yersinia
    •    コレラ菌
    •    Vibrio parahaemolyticus
    •    など
    •    臨床症状で区別するのは困難で、便培様が必要
▼    サルモネラ
    •    好気性グラム陰性桿菌
    •    運動性あり
    •    乳糖非発酵
    ▼    三大種
    •    チフス菌
    •    S. choleraesuis
    •    S. enteritidis
    •    チフス菌は基本的に人感染のみ
    •    細胞内に入る。ラッフル膜の形成
    •    大腸、小腸粘膜に
▼    チフス菌
    •    細胞溶解をあまり起こさない
    •    下痢も少なめ
    •    細胞から腸間膜リンパ節や血流に
    •    typhoid fever
▼    S. choleraesuis
    •    血流感染が多い
    •    非チフス性菌血症の最大の原因
▼    リスク
    •    菌量
    •    制酸剤
    •    胃切除
    •    抗菌薬使用
    •    免疫能の低下
    •    鎌型赤血球症−>サルモネラ骨髄炎のリスク
    •    卵製品、アイスクリーム、山羊チーズ、パプリカ、白身の魚
    •    亀、イグアナ、鳥類
    •    途上国
    •    夏という季節
▼    赤痢菌
    •    グラム陰性桿菌
    •    非運動性
    •    乳糖非発酵
    ▼    A-Dの血清型
    •    A. S. dysenteriae
    •    B. S. flexneri
    •    D. S. boydii, S. sonnei
    •    腸管内皮細胞やM蛋白でラッフル膜を形成
    •    溶血毒素あり。膜内にとどまらず、細胞質に
    •    細胞傷害性の赤痢菌毒素。早期の細胞死。細胞間伝播
    •    急性炎症反応、潰瘍。血流感染はまれ
    •    胃酸に強く、200くらいの少ない菌量で感染
    •    動物宿主なし。人から糞口感染。便座。デイケアセンター。施設など。アメリカ先住民特別保留地。熱帯地域でのハエ
▼    カンピロバクター
    •    コンマ型グラム陰性桿菌。gull wing
    •    C. fetusを除き微好気性。25℃では増殖できず。42℃が至適温度。酸素濃度6%、CO25−10%。選択培地Campy BAPが推奨
    •    ライフサイクルは不明。探求に取り込まれる。潰瘍や炎症。
    •    C. fetusは血流感染が多い。
    •    酸感受性があるため多くの菌量が必要。
    •    家禽、とくに鳥類に感染。高体温のため?他にも水、生乳、羊、牛、豚、は虫類にも
    •    夏に多い。
▼    大腸菌
    •    O抗原(リポ多糖体)、H抗原(鞭毛)で分類。例 O157H7
    •    ETEC.コレラ様毒素。水溶性下痢
    •    EPEC。炎症と水溶性下痢。途上国で多い。
    ▼    EHEC。腸管出血性のベロ毒素やタンパク合成を阻害する志賀様毒素産生。出血性腸炎。HUS。
    •    牛が主な保有者。挽肉、ミルク、リンゴジュース、ほうれん草など。
    •    先進国の夏に多い。
    •    EIEC。赤痢菌様の進入。途上国に多いが、アウトブレイクはまれ。毒素なし。
    •    EAEC。腸管凝集性大腸菌。EaggEC。水症性下痢を起こすエンテロトキシン。大腸粘膜に凝集して接着。旅行者下痢症の原因。
▼    エルシニア
    •    グラム陰性桿菌
    •    大量の菌の摂取が必要
    •    回腸末端粘膜。腸間膜リンパ節腫脹。虫垂炎と鑑別。
    •    北欧、南米、アフリカ、アジアに多い。
    •    主に小児
    •    汚染された肉。4℃で増殖可能。低温殺菌ミルク、冷凍食肉。
    •    冬に多い。
▼    ビブリオ
    •    コレラ菌とparahaemolyticus
    •    湾曲したグラム陰性桿菌
    •    鞭毛と運動性
    ▼    コレラ菌
    •    汚染された水、即持つ。小腸性下痢。
    ▼    コレラ毒素
    •    アデニル酸シクラーゼ活性。cAMP増加。大量の水溶性下痢。
    •    水中、貝などで多い。バイオフィルムで自己を保護。
    •    インド、バングラディシュでアウトブレイク。1991年はペルーで。
    ▼    V. parahaemolyticus
    •    好塩性
    •    溶血性と病原性に関連?
    •    エンテロトキシン
    •    貝と海水
    •    日本に多い。
▼    細菌性腸炎の特徴
    ▼    潜伏期は
    •    サルモネラ 8−24時間
    •    赤痢菌 36−72時間
    •    EHEC 4日間くらい
    ▼    水溶性下痢
    •    ETEC,EPEC,EAEC,ビブリオ
    ▼    粘液性便。
    •    赤痢
    ▼    血性便は潰瘍と関係
    •    赤痢、カンピロバクター、ETEC、EIEC、EHEC
    •    白血球は正常なことが多い
▼    typhoid fever, or enteric fever
    •    チフス菌、とparatyphi
    •    潜伏期間 8−14日。菌が少ないと潜伏期も長くなる。
    •    熱。初発はインフルエンザ様。全身倦怠感、全身痛、嗜眠など。喀痰のない咳、腹部違和感、便秘。2週目から血性下痢。敗血症性ショック、腸管穿孔は10%。比較的徐脈、ばら疹2−3週で、2−4日続く。圧迫で退色。正球性貧血と白血球減少。白血球上昇もあり。血液培養は1週目で90%、2週目で50%。
    •    定義に混乱。C. fetus, エルシニアを含むことも。
▼    ウイルス性下痢症
    ▼    多いのは、
    •    ノーウオーク
    •    ロタ
    •    アデノ
    •    アストロ
▼    ノーウオーク
    •    一本鎖RNAカリシウイルス
    •    杯のかたち、calixがあるのでその名前
    •    水、食べ物、ヒトヒト
    •    塩素に耐性、熱にも耐性
    •    貝類
    •    世界最大のアウトブレイクの原因
▼    ロタウイルス
    •    二本鎖RNA。車輪型なのでロタ
    •    乳児下痢症の原因として有名。3歳で90%が抗体を。
    •    塩素で不活化
    •    ワクチンあり
▼    アデノ
    •    二本鎖DNA
    •    二つの血清型が腸性
    •    小児、乳児で2番目に多い。
    •    夏に多い
▼    アストロ
    •    一本鎖RNA
    •    干しに見える。
    •    施設などで多い。
▼    臨床像
    •    熱はある
    •    便スメアで白血球は陰性
    •    ロタなどはELISAも
    •    自然治癒。輸液。
▼    寄生虫
    •    アメーバ
    •    ランブル鞭毛虫
    •    クリプトスポリジウム
    •    イソスポラ、ミクロスポリジウム症など
▼    アメーバ
    •    赤痢アメーバ
    •    E. coliはcystで区別つかず。病原性なし。
    •    他に、Entamoeba hartmanni, E. polecki, Endolimax nana, Iodamoeba buetschlii
    •    栄養型では赤血球が見られる。
    •    途上国、同性愛など
    •    臨床上は、水溶性下痢、不快感、腹痛(表在性か侵襲性かで症状は変わる)。
    •    潰瘍性大腸炎と間違えられやすい。ステロイドは御法度。
    •    アメーバ肝膿瘍。右季肋部痛。肝腫大が50% に
    •    便スメア、抗体。DNAプローブ、吸引。
    •    治療はメトロニダゾール10日間、あるいはチニダゾール3−5日間。
    •    パロモマイシン、ヨードキノール、ジロキサニドフロエート
▼    ランブル鞭毛虫
    •    リスクはX連鎖無ガンマグロブリン血症。液性免疫が大事。
    •    汚染された伊豆で多い。
    •    腹痛、げっぷ、腹満、小児では水溶性下痢。吸収不良、慢性下痢、体重減少。
    •    内視鏡、ELISA、免疫蛍光抗原試験、十二指腸生検や吸引
    •    治療はメトロニダゾール
▼    クリプトスポリジウム
    •    細胞性免疫の欠損がリスク
    •    腸コクシジウムとして分類。マラリア類似。
    •    機序は不明
    •    治療は???
▼    Isospora belli
    •    熱帯で多い。
    •    AIDSで多い。
    •    治療はST
▼    Microsporidia
    •    非常に小さい
    •    AIDSで。
    •    胆嚢炎も
    •    ギムザ、チールニールセン、グラム染色も。
    ▼    治療はアルベンダゾール?再発は多い。
    •    フマギリンも(アスペルギルスの胞子)骨髄毒性も、、、
▼    診断
    •    ヨード染色
    •    キニヨン抗酸菌せんしょく。
▼    抗菌薬関連下痢症
    •    MRSAはまれ
    •    C.diffが多い。
▼    C.diff
    •    偏性嫌気性、芽胞形成性グラム陽性桿菌
    •    difficult to culture
    •    サイクロセリン・セフォキシチン・フルクトース寒天(CCFA)
    •    トキシンA、B
    •    2日を超えて入院する患者の10%で発症。
    •    広域抗菌薬。クリンダマイシン、セフェム
    •    抗がん化学療法 メトトレキセート、5FU,ドキソルビシン、シクロホスファミド
    •    芽胞により病院で伝播。
    •    抗菌薬開始後5−10日で。最大10週間も
    •    劇症大腸炎が10% で
    •    治療はフラジール、経口バンコマイシン10日間。
    •   
•    参考 感染症診療スタンダードマニュアル 羊土社 感染症診療Q&A 総合医学社

逆襲のエンドトキシン吸着療法

http://jama.ama-assn.org/cgi/content/short/301/23/2445

http://jama.ama-assn.org/cgi/content/full/301/23/2496

僕はエンドトキシン吸着療法は医療費吸着療法だ、とかなり批判的に見ていたので、今回のスタディーはひええっ、という感じで、結構ショックです。でも、エディトリアルとか読んでいると、確かにそうだなあ、と納得したり反省したりでした。アメリカンスタンダードが必ずしも国際スタンダードにあらず、というのは確かによくある誤謬だと自戒を込めて思います。

まだあまり論文は吟味していませんが、さて、どうなることか。

頭の打ち所が悪く、、、、

narrow is beautifulですが、あれって昔シューマッハーだったかプンピードだかが書いた(このしゃれは誰にもわかんないだろうなあ、、、、)、Small is beautifulのもじりなんじゃないか、と雑誌のエッセイを読んでいて、ふと気がつきました。なんだ、そんなに悩む問題じゃないじゃん。言葉のオリジン探しは、たいてい「僕」より物知りな誰かさんにひっくり返されるのでした。

 さて、頭の打ち所が悪かった熊の話、というすてきな本を読みました。すてきな本を読むと自分が少しだけ浄化されるので、こういう体験は時々必要です。

で、そのこととは何の関係もない話。

 いま、秘書さんが一時的に(来週まで)失踪しているので大変困っています。僕はタイムマネジメントは得意な方で、時間をかなり有効に使っている人だと自負していますが、タイムマネジメントの原則その一は、「有能な秘書を持つ」です。

 僕は、常々いろいろなことをほとんど同時に考えながら生きています。患者さんに出す抗菌薬の投与量を考え、研修医に発する言葉を考え、学生の授業のことを考え、研究活動の統計学的処理の方法を考え、兵庫県の新型インフルエンザ対策を考え、日本という国の感染症対策のあり方を考え、そもそも新型インフルエンザとはいかなる現象かを考え、その間に、今夜は何を食べよーかなあ、などと考えます。たくさんのレイヤーで物事を同時に考えるのですが、そのレイヤーが日に日に増してきて、僕の限りなく黒に近い灰色の脳細胞を飽和しつつあります。僕の方が、「頭の打ち所が悪い」状態になりつつある。

 そんなときに秘書失踪。出張時に、飛行機のチケットを確認し、時間を確認し、ゲートを確認して、なんとか秘書なしでも結構やっていけるじゃん、俺、と得意がっていたら運転免許証を忘れていたことが発覚。慌ててレンタカーの予約を取り消して、今バスに乗っています。これで甚大なるタイムロス。僕は忘れ物が多いので、たいていのものにはスペアやバックアップを用意しているのですが、運転免許証のスペアってないものなあ。他人に借りることもできないし。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。バスターミナルでひょっこり寄った本屋さんで、偶然邂逅したのがヴェイユの「ヴェイユの言葉」とバタイユの「ニーチェについて」でした。これらを衝動買い。

 今、ちょうどニーチェの「善悪の彼岸」を読んでいます。それまでプルーストをすっ飛ばし読みしていたので、今回は彼のアフォリズムを一文一文噛みしめながら精読しています。ニーチェにしてもヴェイユにしても、確固たる意志を持ったアウトローに徹しているなあ、と思います。そしてとても誠実です。そのヴェイユの言葉に、過去に対するプルーストの洞察に関するコメントが。いろいろつながってきます。

 新型インフルエンザ対策は、その実、ウイルスとの戦いではありません。たとえば、内なる怠惰との戦いです。怠惰というのは必死こいて徹夜で文章をまとめたりすることを厭う「怠惰」ではなく、現象の本質を考えることを面倒くさがってしまう怠惰のことです。「水際作戦は成功だったのでしょうか、失敗だったのでしょうか」と過度に問題を単純化、矮小化してしまう怠惰です。「今の日本ではそれは無理だから」「本来、官庁とはこういうものだから」「そこはそれ、いろいろあるから」というすべすべしていて耳に心地よいが、そのくせ全く意味を持っていない常套句との葛藤でもあります。現状維持というねっとりしてやっかいなはえ取り紙を引きはがす作業でもあります。確固たる意志と誠実さが大事です。ちゃんと自分の頭で考えなきゃだめなんだ。

 何が言いたいかというと、運転免許証を忘れてしまった言い訳を必死こいてしているのでした。

Narrow is still beautiful,,,,

ある雑誌のある原稿で、
Narrow is beautiful
という言葉を紹介したら、投書をいただきました。文法的に間違っているんじゃないか、というものです。

確かに、そうみたいです。僕は英文法はCollins Cobuild English Grammarを使って調べていますが、形容詞の後に名詞なしでbe動詞ってないみたいです(余談ですが、Collins Cobuildは僕が昔々英語を真剣に勉強していたときに紹介してもらった文法書です。実際に雑誌や新聞で使われた例文から逆算して文法書を作っているので、昔(今も?)の日本の文法書のような「無理矢理感」がありません。今でいう、コーパスでしょうか。Collins Cobuildとランダムハウス英和大辞典をぼろぼろになるまで使って毎週Newsweekを読む、というのが当時の僕の英語学習方法でした)。narrowには名詞的使用法もありますが、ここでは意味が通じません。

まあでも、Use of narrow spectrum antibiotics is beautifulではだめなんだろうなあ。語呂って大事なんですよね。I'm loving it,,も文法的には問題ありでしょうが、それはわざとやっている、一つの破格なのでしょう。そういえば、最近町を歩いていたら、Do you Kyoto?というのもありました。環境に優しいことやってますか?という意図のポスターでした。これも文法的には明らかに間違いですが、意味分かりますし、記憶に残ります。もともと文法は使用者のやり方を説明するための方便として整理されたもので、始めに文法があってそれを話者が「正しく」使うというものではないのでしょう。

というわけで、僕は今後もNarrow is beautifulで行きたいなあ、と思っています。

このような、言葉の感性ってとても大事だと思います。まあ、僕は言葉のセンスはあまりなくて、語学も苦手でどちらかというと努力だけで無理矢理何とかしてきた方なので、偉そうなことは言えませんが。自分の言葉の感性を磨くためにも、言葉の達人と会話を交わし、よい文章をたくさん読みたいと思います。

そうそう、それで思い出しましたが、ムンテラという言葉があります。ドイツ語から由来していて、文字通り「口で治療」ですね。この言葉が差別的である、と使用を諫める向きもあることは以前から知っていました。でも、僕にはあまり納得いきません。口が(ことばが)治療をする、なんてコンセプトは素敵だと思います。全然、中性的な言葉だと思うし、差別的な意味を見いだすのは、むしろかなり努力を要するんじゃないかなあ。ここにも無理矢理感を感じます。ムンテラってなんとなく音の響きもいいし、ICなんて呼ばれるよりよっぽどセンスを感じます。どのみち、ムンテラにしてもICにしても患者さんの前で使う言葉じゃないし、いいんじゃないかなあ。

どこの国でも専門家だけで使う符丁というのはありますが、日本のそれは音のセンスがとてもよいと思っています。アメリカでもHEENTとか、PCI、DNR、ER、ENT、ID、T&T(おつむの弱いドクターが使う抗菌薬の略)などいろいろありますが、頭文字をとっただけのものが多く、語感や音の響きはそれほどでもありません。まあ、「Staph」「falcip」なんて僕は好きですが、これは例外的かなあ。日本だと、アナムネ、ベネネブ、ムンテラ、マンコウ(これは問題ありか?)、キセツ、キョクマ、たくさんありますが、音の弾みがきびきびしていて使いやすいものが多いです。ウロ、とかギネ、もいいですねえ。ICよりムンテラのほうが、美しくありません?

カレチ

週間モーニングは今一番活気のある漫画雑誌の一つです。で、その連載にある「カレチ」は結構はまっています。旧国鉄時代の車掌の奮闘ぶりが描かれています。

その言葉、でとくに僕が感動したもの。

運転士の職務と車掌の職務は永遠に交わらない平行線のようなものかもしれない。
だがその平行線は同じ目的地へと向かっている。二本のレールのように、、、、、

骨髄バンクのドナー

学生の時から骨髄バンクに登録していたのですが、ドナーとしてお役に立てることが一度もありませんでした。今回、ようやくHLAが合致して、詳しい検査をすることになりました。

僕も知らなかったのですが、家族の同意が必要だったり、通院が7回、入院3日と、諸外国に比べると非常に煩瑣です。なんだかなあ、と思いましたが、それにはいろいろとご苦労もあるみたいですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AA%A8%E9%AB%84%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF

白血病の患者さんは感染症屋としてたくさん診てきましたし、ほかにも移植の必要な方、なんとかお役に立てると良いですが、、、

第2回新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップのご案内

以下の情報、転載・リンクフリーです。どうぞ応募くださいませ。

●第2回新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップ●ご案内

 2009年、世界的な新型インフルエンザA(H1N1)感染症のアウトブレイクが起きました。リスク・コミュニケーション、クライシス・コミュニケーションの重要さが改めて確認されました。患者情報の開陳、記者会見のあり方、報道のあり方、発熱相談センター・発熱外来におけるコミュニケーションなど、全てのセクションで良質で効果的なコミュニケーションが必要とされます。
 今回、神戸大学都市安全研究センターでは、全国の感染症を担当する行政 関係、保健関係、医療、報道関係者を対象に、現場で行うリスク・コミュ ニケーションの実践を習得するためのワークショップを 企画いたし ました。これは2008年にも行われ、好評を博したものです。ぜひご参加いただけますよう、お願い申し上げます。

主催 神戸大学都市安全研究センター 
協力 NPO法人 HAICS研究会
会期 平成21年8月25日(火)、26日(水)
会場 神戸ポートピアホテル
〒650-0046 神戸市中央区港島中町6丁目10-1 TEL.078-302-1111(代表) FAX.078-302-6877    http://www.portopia.co.jp/
参加対象 全国の新型インフルエンザ対策に従事する行政、保健、 医療、報道関係者
内容(予定)
25 日
===12:00より受付開始===
13:00ー開会のあいさつ
13:05-リスクコミュニケーションとは何か 神戸大学 岩田健太郎
13:20ー病院におけるリスク・コミュニケーション ミニ・レクチャー 岩田健太郎
13:50-病院対応で困ったこと 体験談 横浜市立市民病院 倉井華子
14:35-ワークショップとロールプレイ 発熱外来での対応 休憩含む
15:05-発表 ロールプレイ
16:05-休憩
16:15-電話対応の基本 コミュニケーター/(財)生涯学習開発財団 認定コーチ 佐々木美穂
17:00-ワークショップとロールプレイ 電話対応 休憩含む
17:30-発表 ロールプレイ
18:30-地方行政の立場から 神戸市保健所予防衛生課 白井千香
19:20ー懇親会と振り返り

26 日
8:30-リスクマネジメントの基本と報道公表 神戸大学医学部附属病院 医療安全管理室 准教授
副室長&総括リスクマネージャー 江原一雅
9:20-休憩
9:30ー報道とリスク・コミュニケーション 近畿医療福祉大学教授 勝田吉影
10:20ー休憩
10:30-中央行政の立場から 厚生労働省新型インフルエンザ対策推進室 石川晴巳
11:10-総合討論とまとめ
12:00ー閉会の挨拶 記念撮影、解散
参加費  35,000円(宿泊費、懇親会費、26日朝食含む)     当日受付時にお支払ください。
申込方法  下記の項目に記入の上、e-mail(katea.k.ayukoあっとまーくgmail.com)でお申込ください。
定員 60名(7月15日に選考結果をお伝えします)
締め切り 平成21年7月10日(金)
申込先 新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップ事務局
    担当:鍵田祐子(神戸大学附属病院感染症内科)
TEL:078-382-6297                         
e-mail:katea.k.ayukoあっとまーくgmail.com

平成21年8月25日より開催される第2回新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップに参加申込します。
フリガナ:
氏名:
所属施設:
役職:
応募動機:
その他御質問など:
お知らせいただきました個人情報は本ワークショップの目的のみに使用し、第三者に開示することはありません。

抗菌薬リフォームのすすめ

残念ながら、日本の感染症界は脆弱です。ほぼ全てのセクションで、そうです。しかし、各セクションがべつのセクションを非難しても物事は進みません。治療者も看護者も病院も医師会も、学会も行政も製薬業界も、その他諸々の「プレイヤー」たちも同じミッション、同じゴールの元で各人がベストを尽くすのがよいでしょう。

だから、製薬業界を殊更に敵視するつもりは僕にはありませんし、その必要もありません。彼らはもちろんビジネスの世界で生きているのでその原則に基づいて仕事をします。大事なのは、そのビジネスモデルがいかに医療のコンセプトの中で皆のミッションと合致するかでしょう。

例えば、既存のニューキノロン製剤が今度500mg1日1回製剤となって再発売となります。PK/PD的には妥当なので、感染症界としては喜ばしいことでしょう。同じミッションの元で方向性が合致した動きです。一方、これはメーカーにとっても朗報で、新しい剤形で新たなパテントがとれます。向こう4年間はジェネリックの参入を抑えることが出来るのです。薬価的にも有利な面があるでしょう。win winな状況と言えましょう。2.5g製剤で12時間おきに売り出した点滴抗菌薬も、4.5g6時間おき投与を可能にし、「新薬」として新しいビジネスを開始できるのです。ゼロから薬を開発するよりも効率的な考えだと思います。もちろん、我々のインタレストにも合致しています。

大事なのは、前例を作ること。

というわけで、このようなビジネスモデルは他のメーカーも真似したらよいのにと思います。もう、ほとんど薬価が取れなくなった古くて安くて、しかし役に立つ薬をリサイクル、リユースするのです。2gのバイアルを4gにし、12時間おきの製剤を6時間おきにし、、とリフォームしてみてはどうでしょう。そうすれば、もう着れないと思っていたタンスの奥のあの服も、意外によく似合うかも知れませんよ。

騒ぐか、騒がないか

昨日、某ヨーロッパのジャーナリストからインタビューを受けました。日本のメディア報道や政府の対応に非常に懐疑的な方で、日本の対応批判の記事を書きたいのだそうでした。

「毎日患者の総数を報道して何になるの?」
という彼の御指摘はごもっともです。一番どうでも良い、価値のない情報が一番トップに出てくるのです。情報の質的吟味が乏しいのでしょう。

ところで、ぼおっとしているうちに、米国ではすでに新型インフルエンザの死亡者が27人になっています。
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/case2009/090608case.html

日本でこの病気、1人でも死亡者が出たら大騒ぎだと思いますが、例えばNYタイムズでも地方版のニュースになっています。まあ、アメリカ人はあまり新聞を読まないので、テレビのほう、それも派手なFOXならどうかな、と思いましたが、その死亡報道も地味な感じです。

僕はNYタイムズの記者にアメリカで取材を受けたことがありますが、本当に向こうの記者の取材は緻密で、問題の根っこまで掘り下げるという感じです。日本だと、やはり速報重視で、表面的な吟味しかされていないのがほとんどです。だから、「今回の政府の対応は間違っていたんじゃないんですか」といった、答えようのない質問が為されます。では、何のどこが失敗で、代わりにどのようになっていれば成功と呼べるのか、そのような論理構造の吟味をしないと、いけないのだと思います。

「アメリカの新聞を読めば謎が解け、日本の新聞を読むと謎が深まる」と僕がよく揶揄するのはその為です。このへんは、上杉隆氏の「ジャーナリズム崩壊」幻冬舎新書にも詳しいです。

では、騒がないアメリカが正しいのか?というとそれもどうかな?と思います。アメリカも結構ジャンピーでヒステリックな国です。例えば、5人の死亡者に留まった(つまり今回のインフルより犠牲者が圧倒的に少ない)バイオテロ(炭疽菌)のときはもう大変取り乱しちゃってうろたえちゃって、、、でした。

もちろん、患者や死亡者の数だけではメディアの提供できるインパクトは違うでしょう。いくら季節性インフルエンザが毎年何千、それ以上の死亡者を出していてもそれは「犬が人を噛む」所業で、報道価値はありません(問題としての価値がないという意味ではありません)。細菌性髄膜炎や急性喉頭蓋炎で毎年子どもが死んでいても、そう扱われているのかも知れません。10年前からの10億円の借金は苦痛が小さく、昨日借りた10万円はインパクトが大きいのです。

では、アメリカで27名が新型インフルで死亡したのは「しかたのない」ことだったのでしょうか。

結構批判される、休校措置ですが、実は流行の押さえ込みに有用だったのでは?という報告も最近為されています。

http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19227

新興感染症では不明確な部分が多いため、既存の知識や既存の感染症のアナロジーが役に立つかは分かりません。「アメリカやイギリスが違うから」日本が間違っている、というロジックには要注意です。

何が過剰な反応で何がそうでないかも、表面的にエンピリックに判断するのも困難です。

1971年のボストン赤潮事件や1997年の香港のH5N1でも、その対応は当初「過激」と言われたものですが、封じ込めに成功して後年高く評価されたのでした。行政がのんびりしているとアウトブレイクが抑えられなくなるのもまた事実で、それは1990年代のペルーにおけるコレラや、英国でのvCJDという事例が教えてくれます。

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶのです。そんな話を昨日はジャーナリストさんとしました。

CDCの改組

 今週のランセットにCDCの新しいディレクター就任の記事が載っています。前任者のJulie Gerberdingは今年1月に辞任していたのでした。全然気がつかなかった。

A neww manifesto for the CDC

 どうもGerberding女史はオバマ政権では評価が低く、続投とはならなかったようです。911以降、強いリーダーシップを示した彼女は組織の中で素晴らしいリーダーに見えたものでした。学会とかでちらっと見たことがありますが、カリスマのオーラが出ていました。

 でも、あまりの強権ぶりにCDCスタッフも何人か辞任、その適性に疑問を呈する人も出てきたようです。カトリーナ問題での失敗や温暖化問題でブッシュ政権を支持したこともマイナス評価になったようです。サイエンスよりもポリティックスを優先させたのがだめだった、とランセットの評です。

 ときどき、日本ではWHOやCDCというと無謬の神様みたいに扱い、その言及はまさに神の啓示のように絶対視されることがあります。でも、所詮、WHOもCDCも人が作った組織に過ぎず、人の営みにまつわるいろいろな問題からは免責されません。当たり前ですよね。もちろん、振り子を逆に振って、WHOやCDCなんてだめだ、日本は日本で、、、と国粋主義に固まる根拠もありません。そもそも日本にはCDCに相当する(匹敵する、という意味で)組織がないのですから。

失われた時を求めて プルースト

ちくま文庫版で10巻あります。分厚い文庫ですが、まあ分量ではそんなにむちゃくちゃ長い小説ではありません。長さでいうなら徳川家康とか、ゴルゴ13とか??の方が長いでしょう。

しかし、この文庫版を購入したのが大体10年くらい前で、やっと本日読了です。実は、第一巻を読み終えたのが今年になってから。何度も読み返しては挫折した第一巻のみはカバーも外れて書架でぼろぼろになっています。実際の長さよりも、その「くどさ」に辟易して止めてしまうのでしょう。彼女に逃げられて、それをくよくよ何百ページにもわたって反芻されてはたまらないのです。

ただ、今年になってから言葉に対する感性がやや高まった自覚があるのと、読むのが面倒くさいところはばっさり読むのを放棄し、まあ自分でダイジェスト版を作る覚悟を決めたらなんとか読了できました。それでも半年くらいかかりましたが、、、、

19世紀から20世紀にかけてのフランスやヨーロッパ社会について、その周辺の文学、音楽、絵画、哲学などの教養について、ドレフェス事件について、同性愛について(男女ともに)、サロン社会について、そして世界大戦(今でいう第一次世界大戦)などが横糸になって延々とダラダラした小説が続きます。話の筋よりもその文体と教養、当時の社会のあり方そのものを楽しむくらいの覚悟がないと面倒になります。そして、最終巻になって「時」について語られだし、一気に大団円、カタルシスと相成るのです。

ちょっと小話

第10巻 423ページ

ある人が、私の病気をつたえきいていて、いまインフルエンザがはやっているから、かからないようにするのがたいへんでしょう、と問いかけたので、べつの親切な男が、こういって私を安心させた、「いや、あれはまだ若い人間がかかるものです。あなたのお年ではもう大して心配はいりません」

そう、これは1918年のスペイン風邪のことなのでしょう。これもまた、失われた「時」が戻った瞬間というべきでしょうか。

間違い否定社会の脱却をめざして

無謬性を主張する人は信用できない、という話をしています。日本の場合、この典型がお役所とその周辺です。一所懸命仕事をしているのに、やたら言い訳、アリバイ作り、責任逃れ、「私だけが悪くない」という主張をするので、そのクレディビリティーに傷がつきます

今はPMDAですが、昔は厚生省が抗菌薬の審査、承認を行っていました。かなりずさんな仕事でした。しかし、問題なのは仕事がずさんなことそのものよりも、その間違いを補正する仕組みが貧弱だったりインセンティブが小さいことです。新薬を一つ審査するより、昔の間違いを正した方が現場は喜ぶしコスト効果も高いのに。

さて、このたびバイエルのシプロ(注)で、希釈をしなくても良いオプションが追加され、添付文書の改訂が行われました。些細な変化です。しかし、現場にとってはとてもとても大きな変化です。臨床的なコンテクスト抜きの添付文書が多い中で、その間違いを認めて直してくれたことが大きいのです。1回できた文書がどんなにダメ文書でもそのまんま、という慣例を打ち破った事実が大きいのです。繰り返しますが、間違えることがその人間や組織の価値を下げるのではありません。誤りを率直に認めない、意固地な態度こそが間違いなのです。

The difference between perseversance and obstinacy is that one often comes from a strong will, and the other from a strong won't.

Henry Ward Beecher.

忍耐と強情の違いは、一方が大抵は、やろうという強い意志から、もう一方がやろうとしない強い意志からきているということである。

どう考えるか、、、日本代表

日本がワールドカップ出場を決めました。これはすごいことだと思います。

3試合で1勝すれば大丈夫、という条件は意外に厳しいものです。最初の試合でこけてしまうと、残り2試合で1勝と、急に楽観から悲観へと突き落とされてしまうからです。その落差に人は焦ってしまうのです。2−0で勝っているときが一番怖いのはそのためです。1点取られて2−1になると、相手は勢いづき、自分たちはいきなり余裕の点差から僅差に、実際以上の僅差に、迫られてしまい焦るのです。だから、アウェーのウズベキスタン戦で一気に勝負をつけてしまったのは、とても日本を楽にさせたと思います。厳しい条件の中で0−1の勝利は、高く評価してよいでしょう。

それにしても、中盤に中村x2、遠藤という攻撃屋さんを並べてしまった岡田監督は何を意図していたのでしょう。プラス長谷部で、なんか、ジーコ時代の黄金の中盤を思い出しました。アウェーでそれはよかったのでしょうか。好調の中村憲剛はよいとして(アシスト見事でした)、遠藤と中村俊輔はどっちか片っぽを使うと思ってました。案の定中盤の守備はすかすかで、後半は一気にゴール前まで押し込まれてやばかったように思います。まさか「あの」バルサを目指したくなったわけでもないでしょうが、、、バルサのすごさは守備のよさにこそあるのですし、、、、

とまあ、???の残る試合ではありました。ここのところ、流れの中から点を作る形が見えてきたので、そこには大いに期待なのです。目指すチームのイメージは見えてきたのです。それは決して中盤のパサーを並べることではなかったはず。

ベスト4を目指す、という日本代表ですが、その今の実力は額面通り30番台だと思います。今回は開催国でもなく、よっぽどラッキーで奇跡が連打しない限りそんなことは起きないでしょう。ともあれ、日本がWカップでバルサみたいに相手を圧倒して支配しまくって、というシナリオは書きにくいです。だから、チームを作るんだったら、たてパスの有効なカウンターアタック、すなわちManUのサッカーだと思います。昨日の中盤ではスピード感がないため、それはできない相談でしょう。さて。

積み重ねの功績(青木先生の受賞に思う)

The Holidayという映画があります。なんということのないハリウッドのラブコメですが、なんということのないハリウッドのラブコメがたいていそうであるように、なかなかに味わい深い仕掛けも施してあります。

主人公の友人に、アーサーという80代の老紳士がいます。実は彼は元ハリウッドの大物脚本家で、あの「カサブランカ」の名台詞、Here is looking at you, kid.のkidをつけたのも彼だ、というのが映画の設定です。アメリカ人は映画が大好きで、古典的な名画はたいてい見ていますから古典中の古典「カサブランカ」はよく引用されます。もちろん、ボギーの大ファンの僕はそれを大いに喜んで観ます。

で、そのアーサーが過去の偉大な業績を称えられて、記念賞を授与されるのでした。授賞式でスピーチをするまでの紆余曲折はなかなかにおもしろいのだけれど、まあそれは皆さん各自で観てください。ただ、長い長い地道な努力を皆で称える瞬間とは、とても感動的なのだと思ったのでした。

この場面をふと思い出したのは、昨日IDATENケースカンファレンスで青木眞先生へのTeacher's Awardの授与式を見たからです。映画の記憶が、ちょっとかぶってしまったのです。いっぱいの聴衆、すばらしいティアニー先生のスピーチ、そして、いつもより若干緊張されているように見えた青木先生の記念講演、いずれも大変感動的でした。

もちろん、青木先生にしても昨年の受賞者である喜舎場先生にせよ、賞の栄誉や記念の楯が欲しくてこれまでお仕事をなさってきたのではないでしょう。けれども、日本では日の目を見てこなかった臨床感染症分野の、これまた日の目を見てこなかった教育領域での長い長い功績が、あのとき集まったたくさんの若いドクターや学生というプロダクツになっています。その表現形の一つとしてのTeacher's Awardなのだと思います。そのような重厚な業績の重みや厚みが背後に透けて見えたため、とても感動的な会になったのだと僕は思いました。

さてと、あるべき臨床感染症からも臨床教育からも一番遠い位置にある大学病院で仕事をするのはとても大変なことです。でも、青木先生たちのこれまでの長い長いご苦労を垣間見ると、僕なんてまだまだ楽な仕事をしているなあ、と思います。すでに、まっとうな感染症診療への流れ、道筋は作られています。先達がすでに方向性を示しているのです。今、抵抗勢力と見られている逆流もいずれは消えてなくなることは分かっています。後は時間の問題で、結末はハッピーエンドになる連続ドラマのアップダウンを僕らは経験しているに過ぎないのです。大学病院は夜明け前ですが、(いつかは)夜明けのくることは誰の目にも明らかなのです。

瑕疵があるのが問題ではなく、、、、

化学療法学会は、抗菌薬適正使用のセミナーを開いています。そのときの取得単位に混乱がありましたが、それが修正されていました。間違うことは問題ではなく、それを修正すること、情報開示することが大事なのです。化学療法学会は間違いなく質を向上させつつあります。

さて、昨日の教育講演でもお話ししたのですが、質のよいガイドラインは無謬性を主張しません。こんな制限がある、こんなコントロバーシーがある、ここは未解決の問題点だ、という留保条件をきちんと開示しているのが質のよいガイドラインです。「俺の行っていることは正しい、俺のやっていることは間違っていない」と頑なに主張する医者は信用できないのと同じです。

たとえば、日本褥瘡学会は褥瘡ガイドラインを作っています。Mindsにも載っているので、ちゃんと手続きを踏んでいるように一見見えますが、有名なラップ療法については言及がありません。コントロバーシーや未解決の問題を黙殺しているのです。

http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0036/0036_ContentsTop.html

もちろん、ある学説をガイドラインが否定するのはかまわないのです。でも、広く認知された事象に対して、黙殺するのはよろしくありません。このことはリスク・コミュニケーションの基本でもあります。

ときに、Mindsに登録されている感染症は急性胆道炎と小児急性中耳炎のみです。まあ、この二つ以外は確かに、、、、あと、胆道感染は英語版のTokyo guidelineと日本語でMindsに登録されているものでは内容が異なり、ダブルスタンダードになっています。こういう阿漕(あこぎ)なやり方もよろしくありません。たとえば、Tokyo guidelineでは抗菌薬の投与量はGoodman and GilmanかSanfordを参照するよう書いているのに、日本語版ではfull doseをつかえ、とは書いてありますが、その内容は添付文書を参照、、、とトーンダウンしているのでした。せっかく英語版を作ったのだから、と私は少し残念に思っています。

さて、今後感染症学会が作るだろう(多分)新型インフルエンザガイドラインは、どこまでその質を担保できるでしょうか。注目です。

化学療法学会の教育講演

お台場でやっている日本化学療法学会総会にきています。

朝一番の教育講演で 国内外の診療ガイドラインを吟味する話をしました。9時からじゃ、5人くらいしかこないんじゃないかと思っていましたが、立ち見の方もたくさんいて、多くの方に聴いていただけてありがたかったです。


ガイドラインで大切なのは情報開示です。内容そのものも大事ですが、誰によってどのように、どういう現実的制約の中で作られたかが明示され、無料で誰でにでも読めるようにすることが大事です。という、まあ当たり前の話をしました。とても緊張しましたが、まあうまくいったかなあ。

僕なんかが化療学会でおしゃべりできるようになったので、ずいぶん日本の学会も変わったなあ、と思います。先日行った感染症学会も数年前に比べると格段に質が向上していました。以前だと「なんだかなあ」な発表や、露骨な薬屋さんの提灯持ち的、品のない講演が多かったのですが、ここのところ質の向上はすばらしいです。学会の質も情報開示と深く関わっています。密室政治を脱して、会員の意志や希望が反映される素敵な学会に成長できるといいですね。

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