最近のトラックバック

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

参りました。

街場のアメリカ論を読みました。

白状すると、さらっと読み流すための本で、それほど期待していたわけではありません。内田さんはそんなにアメリカは詳しくなかろうけど、彼の慧眼からアメリカはどう見えるか、問うてみたい、、、そんな気分でした。

なにしろ僕はアメリカに住んでいたこともありますし、アメリカについて(医療限定ですが)本まで書いています。「アメリカという国の本質」については、かなり掘り下げて考えて(いたつもりで)、それが故に「アメリカ万歳のグローバルスタンダードバカ」や「アメリカはだめ、日本が一番の引きこもり主義」のどちらにも冷笑的です。

いずれにしても、「僕の方が分かっている」と上から目線で、まるで編集者のように僕は本書を読み始め、、、

大反省です。僕はアメリカのことなんかこれっぽっちも分かっていませんでした。

アメリカ在住のジャーナリストや、「アメリカに詳しい」評論家、あるいは学者の本はそれなりに読みましたが、「そうか、これがアメリカか」とここまで得心がいったことはこれまで一度もありませんでした。引用していたトクヴィル、白川静、Taub,そしてSzaszの使われ方も抜群でした。なぜ、今のアメリカはこのようなアメリカなのか、ここまですっきりと分かったことはなかったのでした。田中宇氏のメールマガジンもアメリカの深層を理解するのにずいぶん有用ですが、この本ほど深くはない。大切なのは、表層的な情報量ではないのです。見た目優しい(易しい)本に見えますが、見た目の優しさにだまされてはいけません。本当に恐怖すべきは、いつも見た目優しい人なのですから。

引用したいフレーズは多々あれど、一個だけ。

ある出来事が起こる。そのあと別の出来事が起きる。それが原因と結果のように見えるとしたら、それはそのままでは原因と結果の関係で結ばれているようには見えないからです。 33ページ

アメリカは遠からず「没落」するでしょう。132ページ、と内田さんは書きます。なるほど、2009年の今であれば、納得です。しかし、本書が出た2005年にそれを「本気で」信じた人がどのくらいいたでしょうか。

内田さんは、時代が経過しても「腐らない」文章を希求しています。何年経って読み返しても、「なるほど」と思える本です。トクヴィルの言葉は100年以上経っても「腐らない」希有な文章です。そして、本書も。「今を(後追いで)説明する解説書」なんかより、こういう本を読むべきなのでしょう。

このまま「街場の中国論」に突入していきます。

診察エッセンシャルズ

 非常に評判の良かった前著の改訂版。研修医向けの総合的なマニュアルですが、章末のティアニー先生のおことばが個人的には大好きです。

Another important question: have you have pain like this in the past? More than one unnecessary operations have been performed for porphyria, adrenal insufficiency, and familial Mediterranean fever.

腹痛のセクションより、、、、

 うちの研修医たちにもぜひ読んでもらいましょう、、、、

オランダモデル

ずっとほったらかしていた「オランダモデル」を超速攻で読みました。

初期研修医の労働についていろいろ考えています。アメリカでもヨーロッパでも、「研修医って労働者、学生?」といった議論はしてきましたが、それは「難しい」という回答でした。日本だけが、難しさと直視・直面できないでいます。僕は、厚労省がちゃんとした指針やガイドラインを作っていないのがけしからん、といっているのではないのです。どうせ突貫工事だし、僕としてはあまり役所にあれしろ、これするなとは言われたくない。けれど、厚生省がやっていることを労働省が全く知らず、あれやこれやの制約をかけるのは勘弁して欲しいと思います。そりゃ、ないんじゃないの?と思います。やはり常に現実を直視して欲しい。

現実を直視させれば世界一な国家がオランダです。アメリカなんかは、理想主義/理念主義国家なので、「こうなっているはず」「こうあるべき」というヴィジョンは明確ですが、それから外れてしまうと知らん顔です。アメリカくらい理念と現実のギャップの激しい国はありません。アメリカという国は現実を直視できないし、自身を相対化も出来ない(他の国に関心がないから)。

さて、本書を読んでとくにぐぐっとひかれたところは、
・正規雇用者とパートタイマーの差をなくす(既得権の放棄)
・労使政が協力してコンセンサスをとる。対立構造ではなく、同じ方向を向いている。
・オランダでは日本人が日本人であることに寛容である。各文化が尊重される、柱状社会。アメリカでは、日本人は「アメリカ人のふり」をして生きていかねばならないか、そうしないと当の(アメリカにいる)日本人からバカにされたり非難される(たぶん、アメリカ人はどっちでも良いと思っていると思うけど)。
・オランダではマリファナは合法だが(その理由はここでは説明しない)が、販売するコーヒーショップの要件に
 ハードドラッグは売らない
 18歳以下に売らない
 最大量は5g
 アルコールと共に売らない
 周囲に迷惑をかけない(!)
とある。
・学校でしっかり社会教育をし、「考えさせる」。日本では考える生徒は先生に嫌がられ、先生の言うとおり西、素直に覚えてくれる生徒が「よい生徒」になりやすい。授業参観を見ていてとてもそう思う。

 安楽死、尊厳死については近著で書いているのでここでは割愛します。

 なお、オランダは世界で一番高い評価を受けている医療を提供している国でもあります。日本も、「我が国はアメリカよりも良い医療を提供している」なんて志の低いことを言わないで、もっと目線を高くするのが良いと思います。

今の説明しか、、、

 僕が「ニッポンの思想」なるものにあまり親近感を抱けないのは、彼らが「今を説明」することに一所懸命だからだと思います。「世の中こうなっているんだよ」という解説者。

 今の説明に長けた人は、情報収集と情報処理の上手な人です。そして、「物知り」になる、世知に長けた人になるわけです。ところ、世知に長ければ長けるほど「現在の」世界観の枠が強固になっていき、逆にそれが足かせになって未来へのブレイクスルーが起こせなくなってしまうのです。

 出世した企業人のサクセスストーリーを読んで(読んだが故に)成功した人はまれです。ビジネス本は「現在の」成功のしくみを示してくれますが、明日にはそれは旧聞に属する情報やノウハウとなります。「今」の解説者になることよりも、「未来のヴィジョン」を示すことが大事です。

 なぜ、未来のヴィジョンが示せないのか。理由は簡単で、「外れるリスク」を背負わないといけないからです。予測が100戦100勝というのはありえなく、必ずいくつかは外れ、負けます。絶対的な自己正当化本能に毒された霞ヶ関では、まず許容しがたいリスクです。

 5月に新型インフルエンザが流行したとき、「梅雨になれば湿気が多いからインフルエンザは終息する」と断言された方がいました。実際には終息などしませんでした。香港では日本と異なり季節性インフルエンザの流行は夏冬年2回のピークがあり、湿気が多く、暑くてもやはりインフルエンザは流行します。その原因ははっきりしていません。分からないことはたくさんあり、未来予測は極めて難しい。10年前に今の日本や世界を予見した人はほとんどいなかったでしょう。20年前、1989年7月の時点で、今の世の中を予見できた人はほとんどゼロなのではないでしょうか。というか、翌1990年が来る前に、ほとんどの人がこけていたと思います(でしょ)。

 今を説明する人の未来予測は、「今がいいから未来もよい」「今がダメだから未来もダメ」というシンプリスティックな、ほとんど根拠のないものがほとんどです。たとえば、WBCでイチローがスランプに陥ったとき、多くのジャーナリストが「イチロー限界説」を出しました。宮里藍についても同様です。「今を説明できる人」が行う未来予測など、所詮その程度なのです。

 未来のヴィジョンを示すには、「今を分かりすぎないこと」「知識ではなく構造を理解すること」「勇気を持つこと」など、多くの要件を必要とします。そして、「間違っていたときは素直に認め、謝罪し、反省し、改善すること」があらかじめ明示されていなければなりません。「私は間違っていない」と主張したその瞬間、その人に未来は開かれていないのです、必然的に。

最近読んだ本

ためらいの倫理学

内田樹の昔の本で、ちょっと今よりも口調が強いです。だんだんまるくなってきたのでしょうか。基本的には、「決めつけるヒト、自分が正しいと断言する人にはご用心」ということでしょうか。「相手が勝ち誇ったときそいつはすでに敗北している」、という言い方もありますが。

物語論で読む村上春樹と宮崎駿

大塚英志の本なんてもう10年ぶりくらい?まあ、構造を見たらにている、というのは分かりますが、似ていることだけでいうと何とでもこじつけられる、という気もするのが難点。直観的に言って村上春樹と宮崎駿は全然違うし、異なる作品を同じ構造にはめ込んでしまうのも(やってやれないことはないにしても)ちと強引かもしれません。ちなみに、ポニョは見ていません。

ニッポンの思想

これはかなり面白く、夢中になって読みました。

80年代、90年代って僕にとっては空白で、日本の時事や、ましてや思想についてはまったく無関心でした。だから、今でも「文芸批評」「時事批評」を根底にする日本の思想の流れには正直ついて行けません。だから、この本でさらっと勉強できて楽しかったです。

ただ、個人的には(体験上)、「日本の問題」や「今の問題」を哲学的に考えるインセンティブがどこにあるのだろう?と思います。今を「説明」する哲学なんてジャーナリズムの延長線上にしかないのでは?「私の問題」、「明日の問題、あるいは明日の地平」こそが、考えるに値するのだと思います。

あと、この本を読んで、宮代真司や中沢新一はとても真面目な人(そして善良な人)なのだと感じました。よく考えれば当たり前かもしれませんが、人は見かけで判断してはいけないのでしょう、、、、




もやしもん 8

 

もやしもんの8巻をバスの中で読みました。以前はバスの中でものを読むと確実に気分不良に陥っていましたが、最近は肉体が強靱になったのか、びくともしなくなりました。単に感受性が鈍っているだけか、、、

 とてもよい話でした。けっこういつも感動するのですが、、、もやしもんって根底にはヒューマニズムとセンチメンタリズムなんですよね。淡々としていてあまり分かりづらいですが。

 さて、現在移動中。今日もお仕事。昨夜から「抗菌薬」のスライドを大幅バージョンアップです。東京駅のQB houseで10分1000円で髪を切り(暇がないんです、、、)、久しぶりに新書を大量に衝動買いして、次の移動地へ。「物語論で読む村上春樹と宮崎駿」(大塚英志、、、彼の本を読むのは実に久しぶり)、「私家版・ユダヤ文化論」(内田樹)、「女は何を欲望するか?」(同じ)、「はじめての言語ゲーム」(橋爪大三郎)、「ニッポンの思想」(佐々木敦)、「エビデンス主義」(和田秀樹)、、、、、どれも楽しみ。

ビジネス本、自己啓発本、心理学本、脳科学本、教育本は最近めっきり読まなくなりました。賞味期限が短すぎるから、、、、新聞の広告を読めばだいたい言いたいことは分かる。現在の流行があり、それを否定するアジテーション・モデルが提示される、、、この繰り返し。もう、モデルを追っかけるモデルそのものが通用しないのではないかと思います。「モデル」から離れて考える。脱モデル・モデル、、、、、なんのこっちゃ。まあ、あと、これらのモデルが目指すものが軽薄すぎると僕は思っています。そんなものを人生の成功とか目標とか呼んでいいの??と読後にむなしく思ってしまう、、、、たぶん、「人生の成功」なるものを目指したその瞬間、その人の人生のなかで、大切なものが欠け落ちてしまう、、、そんな感じでしょうか。

威勢の悪い話

最近、海外のジャーナルから論文査読を頼まれることが増えてきました。今、2度目のレビューをやっている論文がありますが、すごく反省しています。三人の査読者のうち、僕がいちばん「いけていない」査読をしているからです。

論文の論旨全体をサマライズし、論文のstrong pointsをまとめ、それを出すに値するものかどうか総合評価し、その中で瑕疵を、とくに構造上の瑕疵を指摘します。そして、「こうすればもっとよいものになる、なぜなら」という論拠も明解になっています。今回のco-reviewers二人は(名前非公開ですが)それがよくできていて、とても勉強になりました。

それに引き替え、僕のは「ここのスペルが間違っています」みたいな、ちょっとぱっとしないコメントが多くて、全体として論文の核心部に対するコメントが少なく、他の2つのreviewの間でいかにもみすぼらしく見えたのでした、、、、、

我々の査読後(正確に言うと、僕以外のreviewersの査読のおかげで)、論文は見違えるように良くなっていました。理論武装がずっと強くなり、同じデータでも、構成と論理構造でここまでよくなるものか、と感心しました。

今、一本論文を準備しているところですが、査読作業そのものが自分の論文書きにポジティブに作用しているのが分かりました。良いトレーニングの機会を得て喜んでいます。

休校再び

Eurosurveillanceには日本の休校についての言及があり、休校直後からR0が激減した。「だから」休校には意味がある、という主旨のものでした。なるほど、とそのときは思ったのですが、、、

その後、The Lancet Infectious Diseasesで、
「でも、休校しない年でも、やはり同じようなカーブでR0がさがった」
という図がでてきて、、、あれれ?

「なにかをやった」「なにかがおきた」の間に因果関係を入れるのは、本当に難しい。まだまだ未解決な問題は多いようです。

昔はよかった、、、か?

昔はよかった、今の若い奴らは、、、とはいつの時代にも言われる常套句で、このペースで言うと、1000年前はとてつもなく優秀な人類だったとしか考えられない。そんなこと、ないけど。

僕が医学生だった時を振り返ればすぐ分かりますが、

絶対に今の学生の方が優秀

と断言できます。そうでない、と言う人は、たぶん美しい記憶ばかりが残っているのです。

凶悪犯罪も、交通事故死亡者も減り続けており、決して昔がよかったわけではない。これはデータを見ればすぐ分かることです。

ときに、沖縄県について気になっていたことがあります。長寿ナンバーワンの座を「他県」に奪われ、その原因として、
「昔の沖縄人は健康な食品を食べていた。今の食生活はアメリカ化して不健康。運動不足もあって」
と、さも「昔の沖縄人の方が今の沖縄人よりも健康だった」と言わんばかりです。

本当かな、と調べてみると、

桑江ら 沖縄県における平均寿命,年齢調整死亡率,年齢階級別死亡率の推移
(1973-2002) 沖縄県衛生環境研究所報 第40号 (2006)

www.eikanken-okinawa.jp/syoho/shoho40/image/121-128.pdf

これをみると、大正時代の沖縄県の平均寿命はなんと男性45歳、女性50歳くらいですよ。昭和50年で男性72歳、女性78歳、昭和55年で74歳、女性81歳、平成12年で男性77歳、女性86歳です。要するに、平均寿命は伸び続けています。

我々はすぐに「順位」を気にします。PISAとか医師国家試験合格率とか。でも、絶対的にどうなっているかという時間的推移と他者との比較をごちゃごちゃにして議論してはいけないのですね。要は、沖縄の人も長生きになっている。昔よりも長生きだけど、他の県の人がそれを追い抜いちゃった、というだけの話なのです。

もちろん、現代の食生活や運動が沖縄の人に影を落としている可能性はありますが、少なくとも、「昔の沖縄人は今のそれより健康」というのは全く無根拠なステートメントです。年齢調整死亡率についてはもっとあからさまで、例えば昭和50年の沖縄男性では957だったのが、平成7年には632です。沖縄の人は「死ににくく」なっているのです。

さて、我々の生きる目的は、「他人より」長生きをすることでしょうか。人と比較することでしか自分を規定できない人生は、哀しいものです。こないだ問題にした「嫉妬心」の仲良しの友達でもあります、こういうメンタリティーは。

まあ、この先の話は簡単にはいかないので、このへんで。

プロとノンプロの間

 プロの感染症コンサルタントと、感染症治療の「得意な」ドクターの違いは、コンサルテーションのスキルなどにも現れますが、一番の違いは知識の「質」と「幅」だと思います。

 感染症治療が得意なドクターは、例えば、敗血症を瞬時に診断し、治療することができます。14日間の抗菌薬で患者を治療します。抗菌薬はこれこれを使います。治療成績もよく、彼(女)は優秀な診療医です。

 しかし、これだけではプロの感染症屋とは呼べません。

 プロの感染症屋は、「自分のプラクティス」が妥当でまっとうで正当なことを知っています。でも、それだけでは足りないのです。「自分がやっていないプラクティス」の妥当性、まっとうさ、正当性も評価できなくてはいけません。

「おれはいつもセプシスは14日間治療しているんだ。何でおまえ、7日間で抗菌薬を切ってしまうんだ、このバカ」

 という指導医がいたら、感染症治療は得意でも、プロの感染症屋ではありません。ちゃんとガイドラインを見れば、敗血症の治療は7-10日が典型です。もちろん、14日が「間違っている」わけではありません。しかし、「自分のやり方」が正しく、「それ以外」が間違っている、という世界観にとらわれてしまうと、この「正しさの幅」が理解できなくなってしまいます。こんな人がコンサルタントになってしまうと、

「俺がやっていないことはみんな間違い」

 というゆがんだ世界観にとらわれてしまうのです。

「俺だったらこうはしない。でも、これもまたオーセンティックなやり方」

 とヴァリエーションを認める知識の深さと度量が要ります。浅はかな知識はプロにとってもっとも戒めるべき誤謬なのです。多くのコンサルタントが、「自分のプラクティスが正しい」ことと、「それ以外は間違っている」ことが同義ではない、ということに気づかず、要らないコンフリクトを生じ、そしてコンサルティーを批判します。

 こうなると、consultではなく、insultになってしまうのです。

 プロとアマチュアの差は深遠なものです。このあいだ、福井大学の寺澤先生にレクチャーの方法について指南を受けました。福井先生はすばらしくて、全ての講演に対してヴァリエーションの異なるレクチャースライドを用意されています。で、

「おお、そういえば亀田総合病院では3年前にレクチャーしていたな、これがそのスライドだ。今回は、ここは重複しても初期研修医は入れ替わっているからいいだろう。でも、全部同じだとリピーターは退屈するから、新しいスライドを入れよう」
と直します。全ての講演にオリジナルのスライドをいくつか入れ、その地や施設に敬意を払っています。

プロだ、、、

 レクチャーの時間にも厳密です。特に複数のスピーカーがいるときは、時間延長は御法度です。寺澤先生は最後までスライドをこなさなくてもその時間できれいに終えることができるように、同じスライドでもいくつかの終わりのヴァリエーションも持っているのだそうです。

本当に、プロですね。

 数年前、亀田総合病院が後期研修医のための1日セミナーというのを開いたことがあります。そのとき、たまたま偶然亀田を来訪していた某大学の某教授が、「俺にもしゃべらせろ」と割り込んできたことがありました。

「あれ?昨日しこんだアニメーションが上手く動かないな、これ、すごいアニメなのに、昨日は上手くいったのに、、、」

とぐだぐだすること数十分。寺澤先生のようにレクチャー上手な教授は希有で、たいていの教授の話はつまらない。つまらない話が長いくらい苦痛なことはないですが、その日がまさにそうでした。散々時間延長するものだから、後の話者は調整にとても苦労したものでした。

 アマチュアは自分のしゃべりたいことを自分のしゃべりたいペースでしゃべります。プロは相手の聞きたいこと(あるいは聞くべきこと)を相手の心地よいペースでしゃべります。その差は小さいようでとても大きいのですが、ほとんどの大学の教授はそれに気がついていないように見えます。

 スポーツの世界でも、音楽の世界でも、どこの世界でも、プロとアマチュアの差は圧倒的で、比較するのがばかばかしくなるくらい圧倒的です。感染症のプロになりたいと思っている若いドクターも、「自分が正しくできる」だけでは、ノンプロの感染症屋なのだ、と謙虚に精進することが大事です。実は、一見手が届きそうな山頂は全然まだ見えていないことが多いのです。

うわ、、説教くさ、、、と我ながら思います。もうおじさんです、、、、

1Q84

移動時間などを利用して、買っていたけど読んでいなかった1Q84を読了。

とても完成度の高い小説だと思いました。けれど、「ノルウェイの森」にははるかに及ばないとも感じました。

「ノルウェイ」は今読み直すと文章が若いし、すこし気取っているし、妙にセンチメンタルです。文学の専門家なら、あまり高く評価しないかもしれません。韓流ドラマみたいなところもあるし(見てないので、あくまで印象ですが)。一方、1Q84はプロットは完璧だし、構成はしっかりしており、オウムなどの社会的事件を深く掘り下げ、人間のあり方を深く掘り下げ、世界のあり方を深く掘り下げ、文章も揺れがなくて、本当に純度の高い完成度の高いものだと思います。

でも、10年経っても忘れないのは、「ノルウェイの森」だと思う。ちょうど「カサブランカ」が突貫工事で作られた「B級映画」だったにもかかわらず、「A級」である国民的映画(例えば、グリフィスの「イントレランス」など)よりも長く愛され続け、記憶にとどまり続けたように。長くひたむきに待ち、耐える主人公の姿や周辺の人物の感傷的なエピソードに、センチメンタルなその文体に僕はとても心を揺り動かされるのでした。

1Q84もよかったけれど。

構造主義的思想

「寝ながら学べる構造主義」を読みました。一気に読みました。これは、とても読み甲斐のある本です。見かけの優しさに評価を落とされがちですが、そんなことは、ない。たぶん。

特に、エクリチュール、アンガージュマン、そしてフーコーの凶器の査定の部分は自分の悩み考えたところをあっさりとある回答を出してしまっていて、お口あんぐりでした。バルト、サルトル、フーコーの原著を読んでいても、こんなに「落ちる」ことはなかなかないようです(バルトの本は読んだことないですが)。



データをちゃんと見て、、、、

香港に行ったとき、データの収集とその分析がとても大切であることをいろいろ学びました。そして、材料はどこにでも転がっています。

名郷直樹先生の「臨床研究のABC」(面白い!!)には、厚生労働省統計表データベースシステムからいろいろ研究できることが指摘されています。現在、これはe-Statという政府系サイトに移行しており、いろいろ勉強できます。ここからcsvファイルを取り込んで、エクセルに読み込み、あれこれ調べてみるのです。

例えば、過去のパンデミックで日本人の粗死亡率にはどのような影響があったか。

これを見ると、スペインフルーののち、日本では粗死亡率ががんとあがっていることが分かります。よーく見ると、57年、68年のパンデミックでもちょびっとあがっているように見えなくもないですが、そのスケールは小さくてはっきりしません。

Crude_mortality

インフルエンザが原因の死亡データは見つかりませんが、肺炎で代用すると、やはりスペインフルーはインパクトが大きく、その後は小さくなっているのが分かります。

Photo

アメリカでも、インフルエンザの死亡率はパンデミックであってもなくても下がっていることが分かります。これは2008年の論文。予防接種の効果か、現代医療の進歩か、はたまた栄養状態の改善か、よく分かりませんが。

新型インフルエンザについて、我々はまだまだあまりに知らないことが多すぎます。手元のデータだけでもちゃんと見据えて、雰囲気でものを言ったり決めたりしないよう気をつけなくてはいけません。自戒も込めて、、、ですが。

これもまた、

「新型インフルエンザなんてたいした病気じゃない。タミフルを飲むと1,2日でさあっと熱が下がってしまう。ありゃ、タミフルを飲めば大丈夫な病気だ」
とはある日本のドクターの弁。

「新型インフルエンザなんてたいした病気じゃない。あとでPCR陽性なので電話したら、たいていの患者さんはすでによくなっている。タミフルなんて飲まなくても大丈夫」
とは香港の発熱外来担当の家庭医の先生。

「新型インフルエンザには全例タミフルを飲ませるべきではないか」
とは、最近、基礎疾患なしの死亡者や医師の死者がでて深刻感が増している英国での意見。

「重症化して集中治療室に入った新型インフルエンザにはタミフルがあまり効いている印象がない」
とはアメリカの集中治療医のコメント。

どれも同じウイルスが起こす感染症に対するコメント。現場のコメントってとても役に立つ。同時に、現場のコメントって多様。判断は難しい。でも、たいていの感染症はこういうもの。これもまた、感染症の一側面。

教室のホームページ

やっとホームページができました。ご活用ください。

ICNのためのキャリアディベロップメント講座

HAICS研究会主催のキャリアディベロップメント講座。1月は私もちょこっとお手伝いです。たくさんの方のご参加をお待ちしています。詳細はこちらまで

PLUTO最終巻

浦沢直樹のPLUTO最終巻を読みました。これについては、西條さんの面白い論評があります。

http://plaza.rakuten.co.jp/saijotakeo0725/diaryall

さて、手塚治虫の地上最大のロボットは、強いロボットとプルートウとの対決が見物の少年漫画で、わくわくして読んだことを覚えています。線形に、

プルートウ対誰々

を一貫して行っており、最終話まで対決の連続という構造をとっています。

ところが、浦沢版PLUTOでは、むしろ複数の物語が同時進行し、それが網の目のように入り交じってストーリーが展開される、複雑な作りになっています。それは、

1.ゲジヒト夫妻と子どもに関わる物語
2.サハドにまつわる物語
3.アブラー博士とダリウス14世の物語
4.トラキア合衆国とペルシア王国にまつわる物語
5.天馬博士の物語
6.アトムとプルートウの物語

などなどです。ブラウ1589とアトムやゲジヒトとの絡みなど、よく分からない部分も多いのですが、「謎を残すことそのものが自己目的」な浦沢作品なのでそこは戦略の一つなのかと思います。物語の多重構造の中に、「愛と憎しみ」という根底のテーマが流れています。ポリフォニックなストーリーの展開は「カラマーゾフの兄弟」を連想させます。

全体的には、最終話から逆算して物語をきれいに作っており、西條さんがおっしゃるように謎を丸投げしてひっぱるだけ、という20世紀少年やMONSTERに比べるとずっとすばらしい話でした。僕はヨーロッパが好きなので、その社会を上手に描写したMONSTERは好きでしたが。

ところで、憎しみの根底にあるのはいったいなんでしょうか。僕にもよく分からないところがあるのですが、その一つの基材として、「嫉妬心」があるように思います。

嫉妬心は、プルーストがあのうっとうしくて長ったらしい小説、「失われた時を求めて」で真剣に研究した大きなテーマでした。手塚治虫の漫画を作る根底のエネルギーは、ライバル作家たちに対する嫉妬心であったと想像されています。浦沢直樹の今回の挑戦が手塚に対する嫉妬心かどうかは知りませんが(たぶん違うでしょう)。嫉妬心は社会を動かすうえで非常に大きなウエイトを占めている力強いエネルギーです。しかし、これに克つ方法を、未だ人は知らないのです。プルーストの時代から、一歩も前に進めていないような気がします。僕自身は、自身の嫉妬心に自覚的であることだけが、これをやりくりする精一杯の方法ですが、その程度の防御策しか持っていません。

と、新横浜から新大阪までの新幹線の中でだらだら考えてみました。今日は朝は指導医講習会でレクチャー技法のワークショップ、夕刻から大阪で小児科の先生に抗菌薬のお話をします。

冬のナマズ

Steel Ball Runがでてるなんて知りませんでした。やっと移動中に読めましたが、なんか前の話もうっすら忘れていて、よく分からない、、、、時間をかけて読んでようやくうっすら思い出し、でした。でも、まだどこか抜けているような、、、、二人が一つに、スポンジ?あまり
話すとネタバレになりますが、、、、、

今日は夕刻から西明石で抗菌薬のお話。これから新横浜。明日は朝から指導医講習会、返す刀で大阪に行って小児科の先生にお話。さすがに疲れますが、でも来週はさらに、、、

今週のJクラブ

今週は忙しくてJクラブをアップし損なっていました。

Risk of Infection and Death due to Methicillin‐Resistant Staphylococcus aureusin Long‐Term Carriers

2008 vol. 47 (2) pp. 176-181

Resurgence of Field Fever in a Temperate Country: An Epidemic of Leptospirosis among Seasonal Strawberry Harvesters in Germany in 2007

2009 vol. 48 (6) pp. 691-697

いずれもCIDの論文。長期療養者である程度ながくMRSAをもっていると、結構病気になりますよ、というのが前者。後者はドイツにおけるレプトスピラ症の実態。写真が面白いです。

C-reactive protein velocity to distinguish febrile bacterial infections from non-bacterial febrile illnesses in the emergency department

Critical care 2009 vol. 13 (2) pp. R50

CRPの上がり方をみるとおもしろい(かも)という奇妙な論文。ROCカーブの学生さんへのレクチャーになったり、いろいろつっこんで楽しみました。

土日って大好きです。朝起きて、ゆったりワイシャツとハンカチにアイロンをかける(最近、これにはまっていて、単なる趣味としてやっています)。テレビを見ながらぼんやりかけます。桝添大臣が辛坊治郎さんとしゃべっている。身支度をして病院に行き、あれこれ机の上の残務を片付けます。患者さんを見に行きます。オフィスに戻ると、仕事や論文が山のようにあります。これを静かに片付けていきます。こうやって論文整理をブログを書きながらやったりします。時間が出来たら本を読んだり、勉強もしたいけれど、今日は午後から3カ所出張のはしごなので、それをやるのは移動中でしょうか。とまあ土曜日といっても結構忙しいのですが、なんといっても土日は苦手で嫌いでくだらない会議がないので、ちっとも苦になりません。僕にとって時間は貴重な存在で、大切な存在で、とても大事に使っており、そして僕は自分で言うのも何ですが、わりと時間の使い方が上手な方なのですが、会議とはその時間を粗末に扱い、扱う割には得られるものも少ないひどく燃費の悪い産物です。ポンコツのアメリカ車みたいな存在です。ひどく嫌らしい存在で、あまり色眼鏡で事物を見るのは良くないのですが、僕はこいつに好感情を抱くことが出来ません。

会議さえなければ、この生活も(そんなに)悪くないのです。

そんなことも2,、、結核編

結核は勉強しても勉強しても、新しい知識が得られる奥がふかーい病気です。

こないだ、長崎大学で結核にステロイドを併用させるとしたら、心外膜炎、もしかしたら髄膜炎も、他では不要、という話をしたら、聴講されていたドクターから、いやいやそんなことはない、という反論をいただきました。

Corticosteroid treatment of peritoneal tuberculosis

まあ、この論文そのものはあまり決定的なものではないのですが、少なくとも、この論文のことを僕は知らなかったし、新しい考えるヒントを提供するものでした。レクチャーはまた、学びの場でもあります。聞き手からたくさんコメントがいただけるのはうれしいものです。昨日の自分より今日の自分が少しでも前進できるのも良いことだと思います。

なんでそんなことも知らないの?ペニシリンにベネシッド

と自分に言いたくなることがあります。

僕は、プロベネシドのペニシリンへの併用は保険が効かないものだとばかり思っていました。そんなことはなく、ちゃんと効能に載っているのでした。

http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se39/se3942001.html

  • 痛風。
  • ペニシリン、パラアミノサリチル酸の血中濃度維持。

メーカーさんに調べてもらったら、ずっと昔からこの効能はあったのだそうです。本当に知らなかった。思い込みってとても怖いです。


青木眞先生、来神

神戸に青木眞先生がおいでになりました。肺炎についてのご講演で、満員。当院の医師、検査技師などもちらほら見られました。

僕が神戸大に初めてきたとき、「青木先生って誰?」とかなり優秀なドクターに言われてショックを覚えたことがあります。隔世の感があります。神大病院は、確実に、ゆっくりとですが、よくなっています。

神戸は便利な美しい都市です。海が開け、ほどほどに都会、ほどほどに自然。交通の便が良く、どこに行くにも近い。でも、この情報化社会で、驚くほど神戸大のドクターは情報から隔絶されています。まるで孤島に住んでいる人々のように。内部の事情にだけやたらと詳しい人がたくさんいるのです。これはどうしたことでしょう。

むしろ、地方に行くとそんなことはない。田舎の中小病院では感染症の勉強を使用としてもツールがない。専門家がいない。相談相手がいない。だから、ネットで検索します。彼らは情報に飢えているのです。情報に飢えた田舎人に現代は優しい時代です。なんでも手に入るのです。そう願いさえすれば。北風が勇敢で頑強なバイキングを作るように。

神戸大の学生はとても優秀ですが、情報から隔絶されているので、まるでソフト空っぽの新品のコンピューターみたいです。コンピューターならソフトや情報をぶち込めば使えるようになりますが、人間に情報をぶち込んでも、物知りなバカができるだけです。「物知りなバカ」は無知な賢者よりもはるかに始末が悪いのです。

だから、自分で目を覚ましてもらわなければなりません。教育の目標はawakenerであること。目を覚ましてもらうこと。外の世界を知ってもらい、優秀な医師を目の当たりにしてもらい、自分がどうあるべきか、自分の力で一所懸命考えてもらうことなのです。青木先生のようなロールモデルは、それをもたらすための触媒なのです。青木先生とカンファレンスで同じ空気を吸い、食事を一緒にとれば、もともと優秀な学生は「目ざめた人」になるのでしょう。

青木先生、ご多忙の所当院においでいただき、ありがとうございました。またときどきいらしてください。そのときはもっと、もう少し、よくなった病院をお見せできると思います。我々は今より良くなる以外の選択肢を持っていないのですから。

世界標準にはるかに及ばないわが国の予防接種体制

僕が考えたタイトルではありません。今月の日本医師会雑誌の特集タイトルです。すごいですね。

今週のMGH

5年生でも診断名を出せました。誘導こそ必要でしたが、ちゃんとMGHなみの議論が学生さんにもできる、、、かも。

http://content.nejm.org/cgi/content/extract/360/22/2341

稲田先生講演会

昨夜は、稲田先生の講演会でした。NYにいたときに随分お世話になった先生ですが、いまはアメリカとケニアを中心に活動中です。

http://www.ne.jp/asahi/ilfar/home/hyoushi.htm

アフリカの実情って、本で読んで数字でみても全然理解したことにはならないのですね。また行かねば。

ものすごいエネルギーで多くの方に勇気とやる気を与えてくださいました。稲田先生、企画してくださったGSKの皆様、ありがとうございました。

リーダーシップを学ぶのにざっと読んだ本など

全ての本が良いことを書いていますが、一般的に皆が納得することは、それ自体は意味をなしていないことが多いです。

例えば、

「和が大事」

といわれれば、これはもちろん「そうですね」とくるでしょう。でも、和を大事にしていればリーダーシップと呼べるかというとそうでもない。和より大事なものもあるでしょう。和はどこまで大事で、どこで他の価値に凌駕されるか、このような条件が明示されていないと、

責任感は大事
決断力は大事
褒めるのは大事
ヴィジョンを示すのが大事

という「正論」のオンパレードになります。正論のオンパレードは「何もいっていないのと同じ」なのです。

とにかく、ざっと読んだ本はこの4冊

リーダーになる人に知っておいてほしいこと


良くも悪くもPHPらしい本

最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと

この本の最大の功績は、リーダーとマネジャーを分けたことか。

リーダーのためのとっておきのスキル

これは、一番つまらないと思っていたら、存外面白かったです。ただし、20分あれば内容はわかるので立ち読みでいけます。

すごいリーダーは「脳」がちがう

マウスの実験で世界平和が達成できる、というコンセプトの本。

他にもたくさんありましたが、4冊くらいでさすがにお腹いっぱいになりました。

リーダーシップとは何か

リーダーシップについてのワークショップを依頼されていて、今勉強しているところですが、結論から言うとこの領域は「よく分からない」。

既存のリーダーシップ論にはいろいろ問題点山積みです。

1.脳科学や社会学、行動科学、心理学のベーシックなデータをいきなり現場でアプライしている。いわば、マウスの実験で「効いた」薬のいきなりの臨床応用。

ビジネス本の大多数はこの誤謬で読者を煙に巻いています。

2.限定された条件で観察されたデータを無理矢理一般化している。ある日あるとき上手くいった事例がユニバーサルに上手くいく「法則」に変換されている。

これは4の中で出てきます。

3.失敗体験の反対が成功であると誤認されている。

失敗例たるリーダーの反対をやれば上手くいくとは限らない、、、、

4.ある一つの成功例が成功をもたらしたリーダーの、未来永劫における必要十分条件と誤認される。

 これはアメリカ系のビジネス本にありがちな誤謬です。有名なのは元ニューヨーク市長のジュリアーニ。彼は市長になってしばらくは評価は微妙だったのですが、911で一気に評価を高めました。しかし、米国大統領選ではあっさり惨敗。

「リーダー論を含めて、ビジネス理論はすべて賞味期限を持ち、未来永劫有効な方法論はあり得ない」。

 といえそうです。同様のことは、最近ではCDCのガバディングさんにもいえると思います。緊急時、黎明期のリーダーが安定期には誤作動を起こしやすいこともよく知られています。星野流がもてはやされたと思うと、その後は渡辺流が流行ります。あれだけもてはやされたベンゲルやヒディングはバッシングの対象で、いまやグラウディオーラが「旬の」リーダーです。彼が負けるまでは、そうでしょう。しかも、最近のビジネス理論は足が速く、その賞味期限はどんどん短くなっています。リーダー論は、お笑い芸人の一発芸と構造上大差ないと思います。こちらも賞味期限は恐ろしく短い、、、、

5.誰でもリーダーになれる、とくに才能は必要ない、論

これは、睡眠学習と同じ理論です。

 優れたリーダーとはこういう結果をもたらす人だ、という事象の説明は出来ても、「こういう人なら優れたリーダーになれる」とか、「こうすれば優れたリーダーになれる」というのは半年か1年程度しか維持できない理論に堕しがちです。どんなに優れた人でも、いつも期待される結果が出せるわけでもないのです。このことは、この数年でアメリカという国が見事に例証してくれました。数年前に某有名病院のリーダーシップ開発コースに参加したのですが、その時のシラバスは今読み返すと、なんともカビの生えた、バブル時代のアメリカ価値観の象徴に見えて、いささかもの悲しくすら見えます。

 世界で最も優れたリーダーと見なされているアメリカのオバマ大統領。彼も必ず、いつかバッシングされる日が来ます。持ち上げてたたき落とすのは、メディアとその周辺の常套手段だからです。これはトスされたバレーボールが必ず地面にはたき落とされ、たたきつけられるくらい、間違いのない末路です。

 もう一つ、これも分かっていることがあります。それは、日本には優れたリーダーが非常に少ない、ということです(優れたプレイヤーが多いにも関わらず、、、いや、多いが故にというべきか)。日本の場合、むしろ上に上がればあがるほどダメになっていくパターンが多い。このことは、いちいち例証しなくても、ぐるりと周りを見渡してみれば、すぐ分かる。

 日本型リーダー論もだめ、アメリカもダメ、となり、この先リーダー論はどこへ行くのか。たぶん、いろいろなモデルがこれからも百花繚乱、飛び出すことでしょう。女性週刊誌で毎週のように新しいダイエット法が紹介されるように。毎週新しい方法が飛び出すということは、「これだ」という良い方法が皆無だ、ということなのですが。

妊婦と新型インフルエンザ

CDCの前のinterim guidelineでは患者たる妊婦と児はいっしょにいてよいとありました。母体からの防御抗体があるので母乳、それもbreastfeedingで、という推奨でしたが、そもそもその抗体のない新型インフルエンザで、それってどうなの?と僕は反対の意見を持っていました。

で、CDCの新しいガイドラインです。妊婦のインパクトが大きくなってきたこともあり、搾乳に推奨が変更されています。これなら納得です。

http://www.cdc.gov/h1n1flu/guidance/obstetric.htm/?breaknews

ER UpDate in Okinawa 2009

沖縄に来ています。ERアップデートin 沖縄2009に参加しているのです。

林寛之先生、箕輪先生、寺澤先生、林峰栄先生、今先生と言った救急医療のスターたちと、飯塚の井村先生や青木眞先生、スナッジラボの前田先生などといっしょにいろいろなレクチャーとワークショップに参加しました。僕もちょびっとだけ参加しました。沖縄ののんびりした空気と参加者の熱気に当てられて、少し元気になりました。ERの元気で明るい先生たちといっしょに話していて、楽しい診療風景というのがすこしよみがえってきました。救急診療の躍動感が伝わってきましたし、救急医療の悲哀感みたいなものもちょっぴり伝わってきました。「話が通じる人たち」との会話も楽しかったです。なんの話かは内緒ですが。

救急専門医は全国で3000人足らず。アメリカが3万人で10分の1。でもERで多くの患者さんを見てくれれば、それだけ専門医の負担も少なくなるわけで、日本全体のことを考えると、「できる」救急医の充実は必須なのでしょう。まあ、このような医療制度の改善云々よりも、躍動感があり、楽しくたくさんの患者さんを見ることに喜びを覚えるドクターたちが増えてくれるのはよいことだと思います。

時に、日本の感染症専門医は1000人足らず。でも実際に臨床研修を受けて(学会何年所属、、、の「机の上の」ペーパードライバーではなく)専門医になったのは、おそらく○人にすぎず。米国の感染症専門医が6000人以上。救急の先生とどちらが悲惨な状態かは、、、まあ、これは、It depends on how you look at things,,,というやつかもしれません。

青木眞先生のHIV診療とERのレクチャーはとても勉強になりました。青木先生のように何度聞いても勉強になるレクチャーができるようになるのが目標ですが、今のポジションで教育レベルを上げるのは至難の業か?と思っていたら、寺澤先生はこれを10年もおやりになりながらレベルを維持・向上されておいででした、、、まあ、寺澤先生にできるから岩田にできるわけでもないのですが、言い訳しないでがんばります。少なくとも3年はがんばらねば。そして、10年あれば○○ができるのではないか、と。

リウマチの勉強を

セグメンタルな情報チェックだけで、体系立てた勉強をさぼっていた膠原病/結合組織病を集中的に勉強しました。この本は、本当に初学者にはかゆいところに手が届くよい本だと思います。まあ、僕も少し書いていますが、この部分の価値はほとんどゼロ。本当に岸本先生はよい本とは何かをよく心得ておいでです。あと、山本M先生が刑事コロンボをごらんになるとは、知りませんでした(そこが感想?)。

パートナーに告げる、HIV感染

一般に、私はHIV陽性患者さんには、自分のパートナーに病気や感染のことを伝えた方がよい、と提案しています。

それは、なんというか、「知る権利」と「プライバシーを守る権利」の葛藤だとか、「患者の自己決定権」と「社会的正義」の葛藤といった、二律背反的な対立構造の果てに生まれたものではありません。たぶん、そのような権利、義務といった「新聞的な」議論をしてしまうと、間違えてしまうのだと思います。

簡単に一言で言うと、この問題は「愛情」の問題だと思います。

もし、あなたが自分のパートナーを心から愛しているのであれば、その人の健康にも心配りをするのであれば、感染について事実を伝えるのは「必然」な感情だと思います。それは、とても苦しい選択です。しかし、愛する人に隠し事をし、その健康を害する懸念に思い悩むのはもっと苦しいことかもしれません。愛すれば愛するほど、このような事実は伝えにくいのですが、その愛の強さを勇気に変換させる以外、たぶんよい方法はないのだと思います。

もし、パートナーにそれほどの愛情を感じない場合、まあ、普通におつきあいしているけど、そこまでイレコメネーヨ、という場合であれば、私だったら適当な時期にお別れすることも提案するかもしれません。これはケースバイケースですが。

以下、ニーチェ、「この人を見よ」より引用

「私に言わせれば、「自己」(ego)そのものが単に一つの「高級ぺてん」、一つの「理想」にすぎないのである。およそ利己的な行動も、非利己的な行動も、じつはどちらも存在しない。(中略)その揚げ句、愛とは「非利己的」なものでなくてはならないと説く、あの戦慄すべき荒唐無稽についに到達してしまったのである。が、人はしっかりと自己の上に腰を据えていなくてはなるまい。また自分の両足で毅然として立っていなくてはなるまい。さもなければ人を愛するなんてことはできない相談なのだ。この点は結局、女の方がずっとよく知っている。女というものは、自我がなくてただ単に公平にすぎないというような男には、興味を示さないものである」

否定はしないけど、、、

うーん、not my taste,,,,バタイユは、ニーチェに関する論考は面白かったけど、小説はちょっと。

減ります、、、(狂犬病曝露後予防)

5回から4回に減るわけですが、CDCの説明

http://www.cdc.gov/RABIES/qanda/ACIP4dose.html

だそうです。

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ