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スペイン風邪とアスピリン CID

Salicylates and pandemic influenza mortality, 1918-1919 pharmacology, pathology, and historic evidence

Clinical Infectious Diseases    2009;49:1405–10

過去のパンデミックでもひときわ死亡率が高かったスペイン風邪。当時吹聴された、「アスピリン療法」が原因だった?という謎に挑む論文。そういえば、SARSのときのステロイドパルスも似たような構造でした。

・スペイン風邪の死亡率の高さの原因は分かっていない。
・1918年10月以降、死亡は激増した。
・米国では25-29歳の30%弱がインフルエンザに罹患し、(人口の)1%が肺炎かインフルエンザで死亡した。CFRは3%。パンデミック最大のミステリーとされている。
・死亡者には、ARDSや2次性細菌性肺炎が多かった。
・1918年のH1N1は下気道に感染しやすいらしい。免疫反応も過剰になりやすい。
・が、それだけでは死亡率は説明しづらい。
・米国の都市によってもCFRは2-10%と差があり、気候や人口密度、予防法やその他の環境では説明できない。
・そこで、サリチル酸、、アスピリンが問題だったのでは、という説が浮上する。
・1917年にバイエルのアスピリンのパテントが切れて、多くのメーカーがアスピリンを製造し始めた。
・当時は、アスピリンの非線形の薬物動態が判明しておらず(1960年代まで)、過量のアスピリンが推奨されていた。薬瓶には警告や使用方法の説明がなかった。
・1950-80年代に、アスピリンが原因となるReye症候群の存在が明らかになった。これは肝腫大と腎障害がもたらす疾患である。
・成人のサリチル酸中毒は、呼吸障害がメインである。

投与量
・1977年のFDAはアスピリンの投与最大量は4000mgとしている。
・1918年には、だいたい1000-1300mgくらいのアスピリンが処方されていた。投与間隔や投与期間の記載はなく、あるロンドンの医師は1300mgを毎時間、12時間もノンストップで処方していた(Lancet 1918;2:742-4)。別の医師は390mg/日を数日処方していた。
・アスピリンは肺水腫に推奨されていた。
・他では、1gを3時間おきに症状が無くなるまで投与するよう推奨されていた(JAMA 1918;71:1136-7)。メジャーな雑誌もでたらめばかりだったというわけだ。
・アスピリンの血中濃度が測定できるようになったのは1940年代になってから。
・1960年代には、アスピリンは蓄積されやすいことが判明する。投与量によって、半減期が5時間から40時間以上と変化するのだった。また、排除率にも個人差がある。

サリチル酸による肺毒性
・サリチル酸は肺水腫を起こしやすい。
・粘膜線毛輸送システムを低下させる作用もある。
・スペイン風邪の剖検では、肺水腫と肺出血がよく認められた。
・脳浮腫や脳出血も多かった。
・これらは、成人のアスピリン中毒に合致する所見だった。

・1918年5月に、スペインからインフルエンザの報告が。だから、スペイン風邪。
・1918年9月に、米国公衆衛生局長官(surgeon general)が正式にアスピリンを推奨した。米国海軍、JAMA、そしてOslerも同じ推奨をした。
・1918年から1920年までにアスピリンの処方は倍増した。
・米国では海軍で9月に、陸軍で10月上旬に、そして一般市民に10月に死亡者が激増した。
・1918年11月のランセットで、Horderがアスピリンを処方から外すよう訴えた。
・小児科の教科書にはアスピリンの使用についての記載が無く、使われにくかった。スペイン風邪では小児の死亡が少なかった。

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