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専門性ということ

HAICS研究会のキャリアアップディベロップメント講座の準備をしています。今回のお題は、「リーダーシップ」。なんで、こんな専門外な内容、引き受けちゃったんだろう、と悩んでいます。

前回は確かコーチングだったのでよかったのです。いちおうビジネス・コーチの資格持ってますので。それに、コーチングは応用問題で、ファジーな類似科学(疑似科学かどうかはよく分かりませんが)性を持っています(全てがそうではないですが、、、)。そんなに厳密にやる必要はないし、あまり厳密にやると「???」なところが増えてしまいます。処世術の延長線上、というくらい肩の力を抜いてやった方が上手くいきます。「コーチングで人生を変える」なんて大上段に構えるとウソになります。

リーダーシップは難しい。リーダーシップ学という学問の方向性や厳密性が、コーチングよりもずっと高く洗練されているように見えるからです。あれこれ本を読んでいるだけで、陰鬱たる気分になってきます。

とはいえ、誰々の○○理論をずらずら開陳しても、おそらく何もやったことにはならないでしょう。しかし、前に、某所でリーダーシップ研修を受けましたが、自己啓発セミナーとの違いが紙一重でした。リーダーシップの研究者がやってもウソっぽくなりがちで、非研究者がやるとさらにウソになる。どうしましょうか。

非専門家が言葉を発するというのはとても難しい。池田清彦さんとか、内田樹さんとか、そのへんの達人ですが。

で、僕が心がけていることは、あくまでも自分の言葉を使うこと。文献や書籍の引用を極力避けることです。通常、ある領域の「専門家」と呼ばれるためにはその部分の知見を論文やら議論やらで何千、何万とこなしていなければなりません。ちょっと本を何冊か読んだ、論文や総説をかじったくらいではその言葉の深淵を理解したことにはなりません。だから、ちょろっと「○○によると、、、」なんて引用すれば、「専門家から」批判の機銃掃射を受けてしまいます。

「感染症は実在しない」を書いたとき、心理学とか哲学の文献引用がほとんどなく、感染症学の文献ばかりを引用しているので、「心理学や哲学をバカにしているのではないか」と批判を受けたことがあります。とんでもない。心理学や哲学の素人が、妙ちくりんな文献引用なんて恐れ多くてできないだけです。また、現実的にはそんな専門外の文献をプロ並みに読みこなす時間は作れない。僕に出来るのはいろいろ読んだりしたあと、「自分の頭で考えること」だけ。

感染症に関する論文は自分の血肉となっており、自分の手足と同じように捜査できます。引用も、探した文献と言うより自分の言葉に噛み合う論文をほとんど記憶しているだけなので、文章を書いてからくっつけることが出来るくらいです。このくらい使いこなせる文献でないと「引用」しづらい。フロイトがこういっているとか、フッサールはこう考えた、なんて口が裂けても言えません。「フロイトはこういっている」とは絶対に言えないので、フロイトが書いたものやフロイトについて書かれたものを読んで、「自分で考えたこと」のみを開陳できる。自分の頭にあるものについては、「けしからん」と言われることは出来ても(これは仕方ないので、謹んで甘受します)、「間違っている」とは言えないからです。ま、これも一種のIメッセージ。

では、哲学的な文献を千も万も読みこなさないと本が書けないか、というとそうは思いません。「感染症は実在しない」は臨床現場におけるリアルな問題を扱っており、今の時期に書く必要を強く感じていました。30年後に書いても仕方がないのです。今しか書けないものも多いのです。そのリアルな問題について自分が妥当な思考を展開していると信じている限り、自分の専門外の領域に完全に精通する(第二の専門家になる)のは現実的でもなければ、僕的には可能ですらありません。要は、自分の目的に合致したコンテンツが提供できているか?という点だけが重要なのだと思います。僕に心理学や哲学の専門家になれ、というのは車に空を飛べ、というのに等しく噛み合わない批判、それこそ<信念対立>(ここはカッコをつけて、、、)の構造を持っています。

まあ、感染症というフィールドは本当に広範で、その「全ての」専門家になることはできません。ウイルス学に精通して、細菌学に精通して、疫学に精通して、感染管理学をマスターして、薬理学をこなして、ワクチン学をこなして、社会学的領域もマスターして、臨床も抜群(集中治療、外来診療、HIV、渡航医学などすべて)なんて「ほぼ」ありえない。南方熊楠的化け物はなかなか生まれない。会議で「感染症の専門家です」と紹介されても、なんのことだか僕にもよく分からない。

まあ、ある専門性という「軸」を持っていれば、その軸を援用して他の専門領域の姿を俯瞰することは不可能ではないと思います。逆に、岡目八目でかの専門家以上にそのフィールドの外枠を見据えることができることも、実はよくある話。日本を離れないと日本が分からないのといっしょ。

一方、臨床感染症も、高血圧とかうつ病とかいろいろ見ていた方が、上手に診療できることも多い。感染症ばっかり見ていると感染症を見るのが下手になります。ここにも、内と外との大きな問題があります。素人とプロの問題、、、まだまだ考えても尽きない悩ましい存在です。

ま、そんなわけで、僕のような非専門家は、謙虚に、おっかなびっくりアウトプットしていくほか、ないようです。

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コメント

先日新宿のジュンク堂でエレベーターを降りると正面に「感染症は実在しない」が山になって並べられていてちょっと気になって購入しました。読んでみると何冊か読んだことのある池田清彦さんの関係のお医者様の本でスラスラと入ってきました。コレステロールのことで医者の勧める薬を拒否したこともあり、読むべき本だったんだと驚きました。中でインフルエンザについて予防接種の項ではインフルエンザ菌となっているのはなぜでしょうか。ほかではウイルスとなっているわけですが。ここで質問が受け付けられるかどうかわかりませんでしたが書いてみました。

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