「3秒で心電図を読む本」の書評
「3秒で心電図を読む本」を読んだ。すてきな体験だった。その特徴を書評として挙げておきたい。
特徴その1.優れた心電図読みの「読み方」を追体験できる。
通常、心電図読みの達人の作業を横で見ていても、「こんなの俺にはむりや」と嘆息するだけである。「正常、正常、正常、PVC、Af、正常、正常、左室high volutage、、、」。学生実習の時、山のように積んである健診の心電図をパラパラ漫画のように読み進んでいく指導医を見て口あんぐりだった体験を思い出す。でも、「この人は口あんぐりなことをやる人だなあ」という記憶しか残らない。その指導医から教わるのは、「chelche le P(p派を探せ)」と基本的な心電図の読み方である。On the job trainingなのに師のやっていることが追体験できない。
本書はそのプロの目線、見ているポイントを追体験できる。これは教科書でもOJT
でもなかなか得られない教えである。
特徴その2. 心電図は現象をつかみ取るための手段である、という事実に気がつく。
我々医師の仕事の第一歩は、患者に起きている(あるいは起きていない)現象をつかみとることにある。その現象をコトバに変換する。これが臨床診断だ。このことに自覚的でない医師は多い。だから、Gram染色でもCRP値でも「異常値」そのものが患者から切り離されてしまう誤謬に陥りがちだ(自分目線な議論ですみません)。
患者という文脈なくして検査を解釈することはできない。なぜなら、検査結果とは患者に起きている現象が発する情報に過ぎないからだ。山下先生はCarenetの講義で、「頻脈を見たら、モニターを解釈する前に患者を診ろ」とお話になっていた。とても感動した記憶がある。CRPばっか見てないで患者を診ろ、なのである(自分目線な議論ですみません)。
本書は心電図の所見から心臓に起きている現象を解説する。ある領域の専門性が高くなればなるほど説明はくどくなるのが常なのに、ミニマムな説明で素人にも解りやすい。かといってチープなマニュアル本みたいに「○○をみたら××である」といった「言い過ぎ」がない。バランスがとれている。言うのは簡単だが、このような文章を書くのは難しい。本書は優しい本だが、易しい本とは即断できない。
特徴その3.心電図の有用性とその限界が明示されている。
なんでもそうだが、自分の守備範囲は誇大広告したくなるものである。それをあえてしないところに、本当のプロの矜持が垣間見える。心電図で心臓のすべてが分かるわけではない。心電図正常の急性冠症候群はめずらしくなく、心電図異常(に見えても)健康な人も多い。その現実の制限の中で、では心電図に何ができるのか?このような語り口こそが、心電図の真の価値を深く理解させてくれる。「この検査があれば何でも分かりますよ」とオールマイティー性を主張されると、それは横丁の水晶玉のようなうさんくささを感じさせるのだ。
はあ、でも本書の練習問題で、素人の僕にはさすがに「3秒」では心電図読めませんでした、山下先生。
追記
ときに、アマゾンの書評は「自分中心目線」の書評が多い。循環器専門医には必要ないって本書を難じるのはおかしい。最初からそういう意図ではこの本は書かれていないことは誰の目にも 明らかだ。「なんでおまえは空を飛べない」と豚さんに難じるようなものである。書評とは、自分の立場を離れて、ターゲットオーディエンスの立場になって書くものだ。ま、いいんだけど。
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