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許容できる死かどうか

かつて、日本では発疹チフス、ジフテリア、マラリア、結核などが蔓延し、ひとがころころと死ぬ国であった。

そのような国は悲惨である。毎年カンボジアに行くが、カンボジアなどまさにそのような国である。あのような悲惨な国であって良い、と我々が望むのであればそれでもよいが、多くの日本人はそうは望まないだろう。

それが許容できないから今のような医療制度が出来たのだ。もし、自助努力で勝手に生きていけ、ということであれば国家の医療制度がある理由はない。国民があって国家があるので、その逆ではない。

予防接種は手段である。目的ではない。健康を獲るための、あるいは維持するための一つのツールに過ぎない。したがって、医療は公的だがワクチンは私的とか、その逆はビジョンのない単なる弥縫策となる。現行のアメリカみたいにワクチンは公的で医療は自助で、というねじれた判断は従ってビジョンを欠いているし、多くの国はそのようなダブルスタンダードなプランを採択しない。ワクチンも公的、医療も大多数は国の負担となっているのがほとんどの先進国のあり方だ。

風氏は

諸外国では予防接種に公費が投入されていると主張する人は、それらの国々では、日本の様に治療のために多額の公費を投じてこなかったということに、もっと注意を払うべきでしょう

というが、アメリカ以外の国は、治療についても公費を負担しているので、これは間違いだ。アメリカは(多くの人が勘違いしているように)グローバルスタンダードなのではなく「極端な例外」なのである。例えば、イギリスでは医療費の87.1%が公的資金、GDPの8.4%だ。日本では医療費の82.2%が公的資金、GDPの7.9% (WHO HPによる)。日本だけが突出して公費を投じているわけではない。

風氏の言い分は、自分の健康は自分で守れ、ようするに自分で勝手に生きていけ、というものである。ワクチンだって買いたい奴が買えばよい。

しかし、日本という国はそういうあり方を望んでこなかった(世界の多くの国同様に)。したがって、医療も皆保険、ワクチンも公費負担を行ったのである。もし国民の健康は国マターではない、という判断をするのなら、現行の破傷風とか日本脳炎とか、多くのワクチンはレゾンデートルを失ってしまう。

日本でこのような予防できる感染症を予防しましょう、というヴィジョンの元で現行の定期接種制度はある。では、日本脳炎やポリオは予防するが髄膜炎や子宮頚癌は予防しなくても良いんじゃないの?という論理的な根拠はどこにあるのだろう。そんなものはどこにもないはずだ。風氏の言い分が通るのなら、現行の予防接種制度も成立しなくなるし、医療制度もそうだ。

ワクチンで予防できる病気は全て徹底的に予防しましょうよ、とWHOも多くの国も考えている。これは、日本という国がどういう国でありたいのか、という態度の問題なのだよ。

確かに、病気を予防するのは医療費を下げるためではない。むしろ、長寿国家になれば医療費はもっと上がるだろう。公的医療を国が放棄すれば国の負担はなくなってしまう。でも、ほとんどの国も国民も、それは望んではいない。

アメリカ人の中には、このような健康は自己責任で、という主張をする人が多く、従って長くアメリカは国民皆保険が成立していない。が、アメリカのような国は例外的な存在であり、そのアメリカですら、小児や若い人のpreventable diseaseは徹底的に守る事についてはモラル的に賛同している。

子宮頚癌予防接種を受けるのは10歳くらいのころだ。髄膜炎のワクチンを受けるのは赤ん坊である。自助努力と言うよりも、親の努力に依存している。しかし、その時期の健康と教育は国が守るのが自然、というのをほとんどの国が採択している。日本だってその例外ではない。なにしろ、憲法が

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

と言っているんだから。「予防できる」子供が死ぬ病気を国がほったらかしておくのが、国民の自助努力に任せておくのが、この精神に合致するであろうか。

さて、「自分の健康は自助努力で守ればいいんだよ」という主張は、自分の脚で自立している人が言う台詞だ。税金で食わせてもらっている公務員がそのようなことをいうのは、自己のレゾンデートルを否定している不思議である。国民に食わせてもらっている公務員が「お前ら自分の力で勝手に生きろ」というのはたちの悪いジョーク以外の何者でもない。

多くの公務員は勘違いして、自分たちのおかげで国民が生きていけると思っている。そう言う側面は確かにある。しかし、実際には公務員の生きていく糧の原資は税金である。国民こそが公務員の雇用主なのである。その被雇用者が国民に対して「お前ら自分の力で生きていかんかい」と言ってはいるのである。

高齢者の死と若い人、とくに子供の死は全然違う。僕はそう思う。もちろんそうではないという意見があっても良いと思う。しかし、人の死に方がどうであっても等価であるのであれば、人が100%死んでしまう存在である以上、そこに力を振り向ける理由がなくなってしまう。殺人も、戦争による死も、交通事故死も等価であろうか。医療は価値の交換であると僕は主張しているが、多くの人の価値観はそのような死を超高齢者の肺炎と同価ととらえないのではないだろうか。

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コメント

こつこつやってるぱっとしない人が笑って暮らせないとしたら、かなりみっともない国だと思う。東京を救ったのは片桐さんだぜ。と言いたい。

保険薬局勤務の薬剤師です。
岩田、風両氏の意見を興味深く拝見しました。

自分なりに思考を巡らしていると、ふと以前NHKで放送されたハーバード大学マイケル・サンデル教授の「JUSTICE(正義)」
http://www.nhk.or.jp/harvard/about.html
を見たくなり録画したものを見ておりました。思想や哲学に立ち返りたかったからです。

第2回 「命に値段をつけられるのか」
http://www.nhk.or.jp/harvard/lecture/100411.html
あるいは、
第5回 「お金で買えるもの 買えないもの」
http://www.nhk.or.jp/harvard/lecture/100502.html
の講義はとても参考になりました。

尊敬、感謝、愛、名誉、畏敬、尊厳。これらは金銭換算には馴染みにくいものですが、価値を低く見積もってはいけないと感じました。

一つ、つまずいてしまった部分があります。
===ここから===
日本でこのような予防できる感染症を予防しましょう、というヴィジョンの元で現行の定期接種制度はある。では、日本脳炎やポリオは予防するが髄膜炎や子宮頚癌は予防しなくても良いんじゃないの?という論理的な根拠はどこにあるのだろう。
===ここまで===

風氏の立場になったつもりでこの論理を擁護しようと試みたのですけど、上手く説明することができませんでした。ハーバードの学生ならどんな風に擁護するのでしょうか。

「ハーバード白熱教室」が8月10日深夜から再放送されるようです。NHKのウェブサイト
http://www.nhk.or.jp/harvard/index.html
にスケジュールが載っています。
では、では。

アメリカ国民自身も、保険適用、つまり、公的補助に進んでいるように見えます。
健康は、国民自身を支えるもの。
そう言う意味では、公的補助で良いと思います。

また、健康に関しては、生まれながらにして平等とはいかない点も、公的補助を推進する理由です。
また、その方が、最終的に安くつく事も多いのでは。

他人を批判する人は、往々にして、自分に都合の良いデータを引用するので、気を付けないといけません。

》例えば、イギリスでは医療費の87.1%が公的資金、GDPの8.4%だ。日本では医療費の82.2%が公的資金、GDPの7.9% (WHO HPによる)。

という事実を例示して、

》日本だけが突出して公費を投じているわけではない。

と主張していますが、日本とイギリスとの租税負担率の相違を無視して、GDP比だけで論じるのは、やや乱暴だと思います。

日本とイギリスは、一人当たりのGDPは、ほぼ同じですが、日本の租税負担率は、イギリスの3分の2に過ぎませんです。

つまり、日本は、公的資金そのものがイギリスの3分の2しかない中で、イギリスと同じ程度の公的資金を投じているということになります。

日本もヨーロッパ並みに、消費税その他を引き上げて、公的資金そのものを増やすことも考えるべきでしょう。

「国民の健康は国マターではない」とは思わないが、今の日本において、「破傷風」とか「日本脳炎」とかのワクチンについては、レゾンデートルを疑っている。

本当に必要なものなのだろうか。単に惰性で継続しているだけではないだろうか。

また、あるワクチンに対する公費助成を新たに行うために、増税したり、新税を課したりするというようなことは、果たして妥当なことであろうか。

税金を徴収し、補助金を交付するという仕事を役人に与えるだけにはならないだろうか。

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