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ICTの知っておきたい多剤耐性アシネトバクター

メディカ出版INFECTION CONTROLに依頼された原稿です。ご好意で今回特別にブログに掲載を許可していただきました。メディカ出版さんの寛容なるご判断にこの場を借りて感謝申し上げます。というわけでみなさん雑誌も買って読んでくださいね。転載自由です。

http://www.medica.co.jp/magazine/view?id=1981


ICTの知っておきたい多剤耐性アシネトバクター

 

岩田健太郎1、阿部泰尚2、八幡眞理子2、吉田弘之2、李宗子2、荒川創一2

 

1.神戸大学病院感染症内科

2.神戸大学病院感染制御部

 

 アシネトバクター(Acinetobacter) 属はブドウ糖非発酵のグラム陰性桿菌です。広く自然界に存在すると考えられていますが(異論もある)、特に病院内環境で見つかることが多いとされています。床、病室のカーテンなどの環境や人工呼吸器、除細動器といった医療機器、医療者の皮膚や便からも分離されることがあります。医療者の手を介して院内伝播することもありますが、健常市民から本菌を検出することは比較的少ないことがわかっています。アシネトバクター属にはいろいろな種類がありますが、特に人に感染症を起こしやすいのはAcinetobacter baumanniiです。

 アシネトバクターの市中感染は東南アジアのような赤道周辺の国などで確認されることがありますが、我が国ではまれです。つまり、本菌感染は日本ではほとんどは(急性期病院の)医療関連感染として認められます。ただし、院内でアシネトバクターを分離したとしても、多くの場合は定着(コロナイゼーション)や汚染(コンタミネーション)です。つまり本菌が分離されたとしても必ずしも治療する必要はないので、臨床的な治療要非の吟味が重要になります。

 このように本菌が感染症を起こす懸念は高くないのですが、ひとたび発症すると重症化しやすいのが特徴です。人工呼吸器関連肺炎(VAP)、血流感染(BSI)が特に多く、その死亡率はある報告では50%程度とかなり高いようです(Dijkshoornら)。その他、本菌により皮膚軟部組織感染症、尿路感染症、外傷後や術後の創部感染、二次性髄膜炎など様々なタイプの院内感染を起こすことが知られています。アシネトバクター感染症はICUなどの重症患者のいる病棟に発生することが多く、特にカテーテルなどデバイスが種々挿入されている患者、多種抗菌薬投与歴のある患者などがハイリスクです。

 多剤耐性アシネトバクター(以下、MDR-AB)を定義する世界的な基準は示されていませんが、日本では(これも我が国独自に定義した)多剤耐性緑膿菌に準じてカルバペネム、アミノグリコシド、そしてフルオロキノロンの3系統の抗菌薬に耐性を示すものを指すことが多いといえます。アメリカなどでは汎耐性アシネトバクター(panresistant Acinetobacter)という用語が使われることもあります。

 本耐性菌は1990年代前半からアメリカなど各国で問題になっていましたが、日本では見つかっていませんでした。しかし平成21年(2009年)1月に福岡の大学病院で、その後東京都の大学病院でもMDR-ABが分離され、にわかに注目を集めるようになりました。

 アシネトバクターはペニシリンや第一世代、第二世代のセファロスポリンには自然耐性がありますが、しばしばその他のβラクタム、アミノグリコシド、フルオロキノロン、テトラサイクリンなどにも耐性を獲得しています。また、メタロ・β−ラクタマーゼを含む多様なβ−ラクタマーゼを産生する本菌も見つかっていますし、β−ラクタマーゼ産生以外の耐性機序を持つことも多く、様々な抗菌薬に対して同時耐性を示すことがあります。ただし、その耐性メカニズムについてはまだ不明な点も多いといわれています。最近ではポリミキシン(ポリミキシンB、コリスチン)やチゲサイクリン耐性菌も見つかっています。

 上述したようにアシネトバクター感染症は重症化することが多く、この菌の治療については(耐性の程度にかかわらず)、感染症の専門家が参加するのが望ましいと考えます。

 アシネトバクター感染症の治療は、もし感受性があればアンピシリン・スルバクタム(アシネトバクターに対してはスルバクタムの抗菌効果が高い)、アンピシリン・スルバクタム耐性であればカルバペネムなどを最大量用います。

 

治療例(成人、腎機能正常な場合)

アンピシリン・スルバクタム 点滴静注 1回3g 1日4回  14日間

上記薬剤に耐性時

メロペネム 点滴静注 1回1−2g 1日3回 14日間

 

 実際にはMDR-ABの場合、日本における既存の抗菌薬がすべて効かない可能性が高いと云わざるをえません。未承認薬(本稿執筆時点)であるポリミキシン(ポリミキシンBおよびコリスチン=ポリミキシンE)やチゲサイクリンを本菌に用いることが多いのですが、チゲサイクリンは治療途中で耐性獲得した例もある上に、本菌に対する臨床治験が十分ではありません。コリスチンなどのポリミキシンは本菌感染症に対する実績がありますが、腎不全などの合併症が懸念されます。ただし、以前言われていたほどこの合併症は多くないことが近年の研究で明らかになってきています。神戸大学病院感染症内科では海外から輸入したポリミキシンBをアシネトバクターやその他の多剤耐性グラム陰性菌感染症の治療に用いています(下記参照)。その他、イミペネム・シラスタチンとアミカシン、コリスチンとリファンピンといった併用療法も提唱されていますが、データに乏しいのが現状です。

 

 感染管理については国際的に合意された方法があるわけではありません。病院の規模や患者数によっても対応法は異なるでしょう。以下は筆者の私見です。

 まず、MDR-ABでない、すなわち感受性のよいアシネトバクターについては標準予防策以上の特殊な感染対策は必要ないと考えます。

 MDR-ABの場合、感染の有無にかかわらず1回でも患者から分離されたら速やかに厳重な感染対策を行うべきと考えます。厳密な標準予防策および接触感染予防策を適用し、可能であれば個室管理とします。空気感染予防策までを示唆する専門家もいますが、この必要性は明確ではありません。筆者(岩田)が米国で本菌感染症を経験した際は病棟の一時閉鎖をする非常に強い対策をとりましたが、通常医療の維持とのバランスを考え、どうしても必要な場合にそのような対策も検討します。医療器具(聴診器やモニターなど)はその患者専用とし、退室後はデバイス、部屋共にアルコールなどで消毒するべきです。次亜塩素酸の使用を示唆する研究もあります(Dentonら)。

 急性期病院では。複数の患者からMDR-ABが検出されたら周辺患者の保菌の有無を、咽頭スワブ、肛門スワブおよび尿の培養により調査するアクティブ・サーベイランスや環境の拭き取り培養などを行い、感染経路や拡大範囲の精査を行います。

 MDR-ABの除菌は極めて困難と考えられます。アシネトバクターそのものは健康人には重篤な感染症を起こす懸念は低いため退院先、そしてそれが自宅でなく長期療養施設などであっても特殊な感染対策をとる必要はないと考えます。これを理由に受け入れ拒否をする必要はありません。

 MDR-ABは本稿執筆時点で感染症法の規定する届け出義務のある病原体ではありません。しかし、平成21年の厚生労働省の通知により保健所への届け出が依頼されているため、本菌を分離した場合に医療機関は速やかに保健所に届け出るのが妥当であると考えます。同様に、社会に公表するかどうかも医療機関執行部や保健所と協議して状況により判断すべきです。公表には大きくホームページ上の公報と記者会見という二つの方法がありますが、多剤耐性菌の出現や医療関連感染そのものは医療という営為の中で完全には避けられない事象ですから、特に明らかな過失等の理由がない場合、安易に謝罪しないことが重要です(記者会見については参考文献の松村らを参照)。

 最大の耐性菌対策は未然の予防です。カルバペネムの過剰使用が耐性アシネトバクターの増加に間与していることを示唆する報告もあり(Go ら)、アシネトバクター感染症の貴重な治療薬であるカルバペネムを乱用しないことも重要な対策です。

 比較的乾燥に強い本菌について、オランダの感染管理専門家であるテア・ダーハ女史は「アシネトバクターはグラム陽性菌のようにふるまうグラム陰性菌であり、広がるのに速く、取り除くのに難しく、患者の予後は厳しく、とくに免疫抑制のある患者ではそうである」と称しました。MDR-AB対策は本質的に難しく、簡単で一意的な解決策はありません。普段から細菌検査室、感染管理チーム(ICT)、病院長などの執行部、そして各科診療医や看護師等が普段から十分なコミュニケーションをとり、耐性菌が分離されたときに速やかに適切な対応がとれる体制と人間関係を構築しておくことが肝要です。

 

 本稿はその性質上早期の情報提供を念頭に作成しました。時間の関係等からその内容は筆者の私見であり、神戸大学病院あるいは神戸大学の公式見解ではありません。

 

参考文献

 

Dijkshoorn L, Nemec A, and Seifert H. An increasing threat in hospitals: multidrug-resistant Acinetobacter baumannii. Nat Rev Microbiol. 2007 ;5:939-51.

 

Go ES, Urban C, Burns J et al. Clinical and molecular epidemiology of acinetobacter infections sensitive only to polymyxin B and sulbactam. Lancet. 1994 ;344:1329-32.

 

Bernards AT, Frénay HM, Lim BT et al. Methicillin-resistant Staphylococcus aureus and Acinetobacter baumannii: an unexpected difference in epidemiologic behavior.Am J Infect Control. 1998 ;26:544-51.

 

Maragakis LL and Perl TM. Acinetobacter baumannii: Epidemiology, Antimicrobial Resistance, and Treatment Options. Clinical Infectious Diseases 2008;46:125463

 

Denton M, Wilcox MH, Parnell P et al. Role of environmental cleaning in controlling an outbreak of Acinetobacter baumannii on a neurosurgical intensive care unit. J Hosp Infect. 2004 ;56:106-10.

 

 

アシネトバクター感染症について 横浜市衛生研究所 http://www.city.yokohama.jp/me/kenkou/eiken/idsc/disease/acinetobacter1.html

 

舘田 一博 多剤耐性アシネトバクターについて 日本感染症学会 http://www.kansensho.or.jp/topics/100907acinetobacter-2.html

 

松村理司ら 地域医療は再生する 病院総合医の可能性とその教育・研修 医学書院 2010

 

参考

 

神戸大学病院感染症内科が入手しているポリミキシンB使用までのプロセス

 

1.臨床研究として倫理委員会に申請、許可を得る。

2.業者を通じて輸入(RHC http://www.rhc-net.com/)。購入には研究費を使用。

3.患者発生時、患者もしくはその家族に未承認薬であることや副作用情報、有害事象発生時の補償がないことなどを伝え、文書で同意を得て使用。研究の一環として抗菌薬は無料で患者に提供。

 

http://www.med.kobe-u.ac.jp/ke2bai/contents/kenkyu/index.html

 

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