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医療の世界観は法曹界にはそぐわない

警察と院内感染対策は絶対にかみ合わない。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100904/crm1009040145003-n1.htm

これも今度出す(予定)の本の原稿から抜粋。

 ついでですから、ちょっと医療と法曹界の話をしておきましょう。
 僕は最近よく医療紛争系の相談を受けます。患者サイドからも、医療者サイドからも相談を受けます。彼らの話は切実で、つらい話ばかりです。
 以下、プライバシーの問題があるので、話の要点だけ変えずに詳細をデフォルメしてご紹介します。
「俺の息子はあの医者に殺されたんだ」
 というトラック運転手さん。その弁護士さんに
「息子さんはあの医者のせいで死んだという意見書を書いてください」
と頼まれる。この患者さんはあるAというばい菌が起こした感染症でお亡くなりになりました。もしBという治療薬を使っていれば治療が可能であったかもしれない感染症でした。でも主治医はそうはしなかった。
 確かにこの医者がBを使っていればAの感染症は治療できたかもしれません。しかし、それは後付けの説明なのです。
 ある感染症の治療がうまくいくか、いかないか。これはやってみないと分かりません。当たることもありますが、外れることもあります。もちろん、あたりの確率を増やす工夫はしますし、たいていは当たるのですが、あくまでも確率論なので外れることはあります。どんなにバッターががんばっても打率10割にならないのと同じです。外れをなくそうとして、たくさんの抗生物質を使うと、今度は副作用が増えて結局患者さんは損をします。治療は上手くいきたいけど、副作用は出したくない。このジレンマの中で、微妙なさじ加減でがんばるのが医者の仕事です。でも、他のどの業界がそうであるように、100戦100勝はあり得ない。イチローでも打率10割は不可能なように。
 この方はAという微生物が起こした感染症で亡くなった方です。しかし、僕はそれを「Bという抗生物質を出さなかった医者が殺したのだ」という一意的な原因に落とし込むことに大きなためらいと抵抗を感じます。それは、「あのとき外角高めに狙いを絞ってバットを振っていれば、ホームランだったのに」というのと同じだからです。それは後から見るからそういえるので、事前には分かりようのないことなのです。

複雑な医療の世界

 それに、医療において、うまくいったり、うまくいかなかった「理由」は一意的なものではないことがほとんどなのです。
 熟年夫婦が離婚した、なんて話がありますね。どうして離婚なんてしたの?と訊くと、
「だってあの人が、{今日の晩飯、まずいな}なんて言うんですもの」
と奥さんが涙を浮かべて説明したとしましょう。
 このとき、もちろん離婚の原因は旦那さんが「食事がまずいと言ったこと」だけではありません。その背景には長い年月のあれやこれや、あれやこれや、あれやこれやのエピソードがあったに違いないのです。たくさんの理由があったのです。それがたまりにたまって、最後の最後で、「まずい」だったのです。まずい、は理由のほんの一要素に過ぎません。
 同じように、感染症の世界は複雑です。ニュートン力学みたいに初期値を代入すればアウトカム(結果)が正確に予想できるような世界観では作られていません。関与している要素はたくさんあるのです。患者さんの年齢、性別、各種の臓器の機能、飲んでいる薬、食べている食事、、、、本当にいろいろな要素が絡み合って感染症の世界を作っています。
 件の患者さんも、Bという薬が無かったことは患者さんの死亡に「寄与」はしています。でも、それは要素のほんの一つに過ぎません。患者さんのもとの病気、免疫の状態、感染症の重症さ、、、いろいろなことが状態を悪くして、最後の一押しが、薬の選択でした。
 厳密な意味で、感染症の未来を予測することは不可能です。新型インフルエンザに関わっていた2009年。僕は多くの人から「将来の流行はどうなりますか」と訊かれましたが、そんなこと分かるわけないんですね。「将来こうなる」なんて断言するのは、感染症のプロではなくてどこかのギャンブラーだけですよ。
 AをやるとBになる。AをやらなかったからCになった。このような一意的な世界観からは感染症の世界は遠いところにあります。医師の振るまい、薬の選択は当然患者さんに寄与します。自分たちの仕事の責任の重さは重々承知していますが、だからといって原因の全てを医師の振る舞いに帰してしまうのは、この世界観を平坦に扱いすぎているように思います。
 患者さんがよくなったり悪くなったりするのはいろいろな事情が重なって、その複雑な体系の中でぼんやりと決められます。医者がよかった、悪かった、という単純な要素だけでは決められません。患者さんが良くならない時に、一方的に医者にその責任を帰するのは不可能なのです。
 しかし、法曹界は違います。裁判所とは、誰かが正しく誰かが間違っており、ある事象が起きたのは単一の「こいつ」のせいだ、という世界観を持つ場所だからです。医療の世界観とは全く違うのです。
 このような法曹界の「善か悪か」「誰かが正しくて、そうでないと間違っている」という世界観で、複雑な医療を語るのは本質的に無理があります。医療者による恣意的な殺人事件とかは別にして(そんなものほとんどありませんが)、医療の問題を裁判所に持っていって欲しくはないのは、そのためなのです。

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コメント

概ね同意です。
ただ二点、考えなければいけないことがあるように思います。
第一に「結果的にうまくいかなかった選択」が、選択を行った時点でどれくらい妥当性があったか、ということの検証はどのように行われるべきか、ということです。
たとえば、脳症のリスクについて無知か過小評価しているために、インフルエンザの確定診断が出ているこどもに解熱剤としてボルタレンを処方することを常としている医者がいたとします。
この医者の診ていたこどもの一人が脳症で亡くなった場合。
ボルタレンは確かに脳症のリスク上昇に寄与しただけです。ボルタレンを使わなくても脳症になっていたかも知れません。でもこの医者は法的な非難から逃れられるべきでしょうか。
もうちょっとひどい例。
「俺の若いころはいつもこうやってた」と言って針を替えずに予防接種を行って肝炎をまき散らす爺医はどうでしょう。
もっともっとひどい例。
アナフィラキシーの徴候が出ている患者に「蜂のレメディ」を投与するホメパチ医。そんなヤツいないか。いや、どうでしょう。
例を挙げると限りがないですか、「抗生剤Bを使用しなかったこと」が、これらの例でいったらどのレベルに当たるのか、シロウトにはわかりませんし、それを検証する場はとても乏しいと言わざるを得ません。裁判所は、原理から言うとその必ずしもその検証を行う場所ではないのですが、一般人にしてみたら他に場所はないのが現実です。
長くなりすぎました。第二点は別にします。

いつも興味深く拝見しております。弁護士の立場から一言。

法曹界は、イチローが10割を打つことを求めているわけではないし、もしそれを求めているなら確かにそれはそぐわないということになるでしょう。

しかし、たとえば、身体所見や検査結果が感染症診療のプレーボールをコールしているのに、バッターがバッターボックスに入ろうともしなかったり、出てきたバッターが培養検査というバットを持たずに手ぶらで打席に入ったりしている(しかも味方のベンチの監督やコーチは、誰も注意すらしない)というような状況があった場合には、残念ながらアンパイアが関与する必要があるはずです。

もちろん、一発退場とするよりは、段階をおった対応が好ましいでしょう。サッカーでも、審判がやたらと強圧的な笛を吹いたり、カードを連発すれば、試合は成り立ちません。

でも、ある特定の試合で不適切な笛を吹く審判がいたからといって、およそ審判は不要ということにはならないはずです。

「医療の世界観は法曹界にはそぐわない」としても、医療に法律が果たすべき役割が何もないということではないです。

一般論で議論するよりは、この特定の問題において法曹界が役割を果たすべきか(どうか)、そしてその役割が必要なら、それはどのような形で果たされるべきだろうか、というケースバイケースの議論の方が、有意義だろうと思います。

弁護士さんへ
その審判の判定が理不尽と感じるから、引退する医師が続出してるんです。
大リーグなんかやめて草野球志向ですよ。
選手を引退して解説者になったほうがいいです。

防衛医療はますます加速するでしょう。

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