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タミフル早期投与が死亡減少に寄与?

「 昨年大流行した新型インフルエンザ(H1N1)で、日本の感染者の死亡率が他国に比べて大幅に低かった原因は治療薬の早期投与とする分析を慶応大病院小児科とけいゆう病院(横浜市)がまとめた。香港で始まったインフルエンザ国際会議で3日、発表する。

 両病院は09年6月~10年1月に入院した1000人の子ども(平均6.4歳)を調べた。それによると、死亡したのは1人で致死率は0.1%、約 98%(984人)がタミフルなどの治療薬を使用。このうち発症時期が分かった667人のうち約89%(593人)が投与期間とされる発症48時間以内に 処方されていた。米国やアルゼンチンでも患者の8割近くが治療薬を使用しているが、48時間以内の処置は5割以下、致死率は5~7%というデータがある。 【関東晋慈】」以上引用終わり 毎日新聞9月3日 2010年

毎日新聞のこの記事で一番評価したいのは署名記事だ、ということだ。いずれにしてもある医療機関(あるいは医療機関群)でたくさん民古さ早期に投与されていた、という情報がなぜ国の死亡率減少に寄与している、という結果になるのか(少なくとも記事からはよく分からない)。

僕はタミフル早期投与に意味がないとは思っていない。特にリスクグループには大事なことだ。日本でなぜ妊婦の死亡者がおらず、アメリカなど諸外国では特にリスクだったかを考えるのは重要である。体重?しかし第一三半期でも死亡率は有意に高かった。しかし、早期に抗インフルエンザ薬を投与された群では有意差はない。リスクグループには早期の抗インフルエンザ薬が重要であると考えてよいデータである。

http://jama.ama-assn.org/cgi/content/abstract/303/15/1517

以下は今月のメディカル朝日に載せた論考。残りはぜひ本誌を読んでください。

およそ臨床感染症の世界において、「正しい答え」というたった一つの正解は存在しないということです。学生さんは通常、「これが正しい答え」「その他は間違った答え」という世界観で諸学を学びます(そのなれの果てが、マルチプル・チョイス・クエスチョン方式の試験ですね)。しかし、臨床現場においては、とくに感染症の現場においては正解は必ずしも一つとは限りません。また、その選択肢以外が「不正解」とも限りません。若い研修医が持ちがちな、「これは正しい」「あれは間違い」という世界観から、「Aも選択肢としてはあり」「Bも決して間違いではない」「では、どちらのほうがより妥当な選択か?」という問いの立て方に変換してもらうよう、僕は促します。感染症の知識よりも、この思考プロセスの道筋の変更のほうがずっと研修医にとっては大切なことです(そしてずっと難しい)。 
 2009年は新型インフルエンザという現象に我々みんなが振り回された年でした。このことについてちょっと考えてみましょう。
 本稿執筆時点で新型インフルエンザA/H1N1パンデミックにおける日本の死亡者数は「だいたい」200人程度と言われています。これは国際的にも「おそらくは」少ない数だと考えられています。他国では、死亡者がもっと多かったという見解もあります。例えば、アメリカでは日本にくらべて人口あたりの死亡者数が20倍程度あったのではないか?という「意見」があります。そして、その原因にはいろいろな説があるものの、抗インフルエンザ薬、具体的にはタミフル(オセルタミビル)の早期投与が死亡者を少なくしたのではないかという「主張」があります。
 「だいたい」「おそらくは」「意見」「主張」と括弧付けで煮え切らない表現をせねばならないのは、これらの言説が科学的に検証したもの、というよりはおおざっぱな観察に基づく推測以上の何者でもないからです。例えば、オランダでは同疾患による死亡者数は40名と見積もられています。オランダの人口は約1,700万人。人口あたりの死亡者数は測定誤差も考えると日本とどっこいどっこいといえるでしょう。しかし、オランダの政策ではインフルエンザ様症状の患者は「原則自宅療養」で、医療機関の受診を推奨していませんでした。多くの患者にはタミフルは処方されていなかったのです。
 したがって、オランダの事象を見る限り、日本の死亡者数の現状をタミフル「だけ」に帰するのは無理があると僕は思います。他国との比較というと我々はついうっかりアメリカばかりを見てしまうのですが、アメリカ=世界ではないのですね。
 さて、試しに「だいたい」「おそらくは」「意見」「主張」がすべて正しい、と仮定してみましょうか。ここでは「アメリカと日本の20倍の死亡率の差は、タミフルの早期投与がもたらした成果である」という仮説を立てます。
 おおざっぱには、日本における発症患者中の死亡率は10万人に1人、つまり0.001%程度とされています。アメリカは20倍の0.02%。相対リスクだけみているとわかりにくいのですが、インフルエンザはいずれにしても死亡率の低い疾患であることが分かりますね。絶対リスク減は0.02-0.001=0.019。NNT(number needed to treat)は5200人以上くらいになります。
 つまり、日本人死亡者減の貢献を100%タミフルに帰したというかなり非現実的な仮説を立てたとしても、5000人以上処方しないと1人の命を救えないのです。早期受診とか国民皆保険とか、他の様々な要素が絡むでしょうから、現実にはNNTはさらに増えます。では、タミフルの副作用、耐性、コストといったリスクを勘案して、この(少なくとも)5000人以上という数字は正当化されるでしょうか。
 抗ウイルス薬がインフルエンザの治療に貢献していることは間違いないと僕は思います。重症化の減少や重症患者の死亡率低下にも寄与している可能性も高いと考えます。では、そのことをもって、「だれでもインフルエンザであれば必ず抗ウイルス薬」という結論でよいのでしょうか?「出す」「出さない」という二者択一の議論でよいのでしょうか?ここは平坦な議論ではなく、重層的な大人の議論が必要になると思います。「どういう条件下では、タミフルの利益が不利益を明らかに上回り、その処方が正当化されるのか?」といったような。
 耐性ウイルスの懸念についてこんな話があります。タミフル耐性が出てもリレンザ(ザナミビル)がある。最近承認されたばかりの注射薬、ペラミビルという薬もある。実はその他にも、現在開発中の抗インフルエンザ薬がいくつかある。もしタミフル耐性ウイルスがでても、また新しいインフルエンザの薬を開発すればよいではないか。

 我々はこれにとてもよく似た話を知っています。

 1950年代にペニシリン耐性菌が増えたとき、それではと耐性菌を払拭するような抗菌薬を開発しました。セファロスポリンが第1世代、第2世代、第3世代と開発されていきます。ニューキノロン系抗菌薬ができ、カルバペネムができ、、、その一方で、我々は何と直面しなければならなかったでしょうか。そう、MRSAです。ほとんど既存の抗菌薬が通用しないMRSAのために多くの患者さんが亡くなり、「院内感染」や「MRSA」は一般にも通用する言葉になってしまいました。現在ではMRSA感染症を治療する抗菌薬は複数存在します。その一方、グラム陰性菌の耐性化は近年進んでいます。そのスピードは、新たな抗菌薬の開発のスピードよりも遙かに速いのです。
 我々は歴史から学ばなければなりません。賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶという言葉があるとおりです。耐性化−>新しい薬という構図はいつか破綻します。そのことを我々は歴史から学んでいるはずです。だから、単純に平坦に物事を考えるのではなく、複雑に重層的に、しっかりとゆっくりとものを考えなければいけないのです。そのための適切な抗菌薬使用なのですね。

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コメント

統計や数字には、人を信用させるという不思議な魔力があるけれども、ものごとの因果関係を考えるときには、慎重に検討した方がよい。

例えば、昨年(2009年)の日本人の総死亡数は、前年よりも2000人ぐらい増えるとの当初の予想に反して、実際には一昨年(2008年)に比べて、500人余りも少なかった。

このことから、新型インフルエンザの流行により、タミフルの投与量が増えたので、死亡数が減ったと主張したら、笑われるかも知れないが、数字だけを見ていると、そういう結論が出てしまう。

タミフルの有効性は否定しないが、結論は急がない方が良い。

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