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ケニアの感想(岩手医大学生・後藤さん)

岩手医大4年の後藤志保里さんのケニア体験記です。許可を得てここに掲載しますね。

 今回学生としてILFARの活動に参加させていただきました。きっかけはすごく単純で、稲田先生が岩手医大に講演にいらっしゃったときに話を聞き、とても興味を持ったのが始まりでした。私が先生に声をかけて、学生としての参加を企画していただけ、実現したことであり、半年前からかなり楽しみにしていました。参加を終えた今考えてみると、何に一番興味を魅かれていたかはよく覚えていません。ただ、中心部から見るスラムの写真と、子供の笑顔を実際に見てみたい、無料診療とはどういったところでやるのか、ということを自分の眼で確かめたかっただけだった気がします。いざ行ってみて、想像以上に楽しめました。ですが反面見たくはない現実を知ることにもなりました。

 私は毎日簡易薬局で薬を詰める作業の手伝いをしていました。診察の終わった患者さんが処方箋を持って来るので、それを言われた通りに詰めて、現地のボランティアの人に渡し、飲み方を説明してもらうというものでした。薬といっても山のようにあるものではなく、種類も数も限られています。今回も含め先生方が少しずつ運んできて集めた薬でもあります。これらはこのキャンプの成果や活動報告を通じて、製薬会社からの寄付を募り無償提供されたものです。私たちが当たり前のように手にしている薬も、先生方の努力があって現地の人が手に入れることができているなんて、考えたこともありませんでした。今回初めてだったようですが、現地で生活している日本人の女の子も興味を持って手伝ってくれました。その子はスワヒリ語を学びたく、大学を休学して現地に1年ほど生活すると決め、半年ほど生活しています。とても流暢にスワヒリ語を話し、現地の人ともとても仲良くなっていました。私は英語しか話せず、それでもまったく何も話せないよりは良いのですが、やはり自分の国の言葉を話してもらえるといのは特別なことであるせいか、距離もあっという間に縮まり、その姿を見ていてとてもうらやましくなりました。

 薬局というのは四六時中忙しいわけではなく、たまにふとした時間が空くので、その時には現地の人との触れあえる時間があるのですが、次に参加する機会があったらぜひとも少しでもスワヒリ語を練習して話せるようになってみたいと思います。今回の研修を通してこのような現地の人たちとの交流をするのは、ちょっと旅行に出かけたぐらいではできない、貴重な体験だと思っています。この交流というのは現地の患者さんだけではなく、ボランティアの方々とについても言えることです。

 現地のボランティアをしてくれているのはHIV陽性の方も多く、後は自分の日ごろの仕事を休んでやってくれています。お小遣い程度のお給料は出ます。そこで現地の人の知恵、スラムの人たちが毎日必死に生きていることを感じます。毎日出欠の確認を取るのが3日目からの私の仕事の一つだったのですが、スラムの人たちはとても結束が強く、きちんと顔を見て確認しないと、仲間をいたこととして申告してしまうそうです。初日は全然名前も覚えられなくて、読み方もわからなくて、半信半疑でした。ですがその作業を通して、みんなの顔と名前を覚えることができ、そうなると自然と相手も打ち解けてきてくれ、話しかけてくれるようになりました。一回軽く自己紹介をしてしまうと、もう一度名前を聞くというのは勇気のいることであり、ケニアと日本の名前は違いすぎてお互いに違いすぎるため、なかなか覚えられませんでした。日本でもごくごく当たり前の名前を聞く、聞かれるということですが、現地の人に改めて名前を聞かれるということがあれほどまでに嬉しいとは思ってもいませんでした。“一人の日本人ボランティア”から、“私”を認識してくれようとした瞬間だったと思います。覚えられなくても、覚えられても、覚えてくれようとしたことがたまらなく嬉しかったです。その時から格段に話すことが楽しくなり、一日一日が貴重で、帰る日が近づいていくのが寂しく感じるようになってきました。最終日にはスクラブにサインやメッセージを書いてもらったり、写真を撮ってもらったりしました。メッセージなんて書く習慣がないためか、何を書けば良いかを悩み、I enjoy working with youや、I love you so much. Do you love me? などと書いてくれました。写真を撮るときも、記念に一枚という程度の社交辞令で撮ってくれた写真に写った顔と、私が仲良くなった人と撮った顔。あんなにくったくのない笑顔を私に向けてくれるようになるなんて思いもよらなかったです。

 私は写真がとても好きで、何枚も撮ったのですが、風景ではなく人を撮る良さのようなものが初めてわかりました。生き物は表情豊かで、見せる顔は撮影者次第なのだと。撮られ慣れている人懐っこい子はポージングまでしてくれます。この子たちが大きくなるにつれて、またHIVに直面するかもしれなくなるなどということは考えたくはありません。そのぐらい、警戒心なく、明るいかわいらしい笑顔を見せてくれるのです。

 HIVの診療所の下では親をなくした子供のために、昼食のみILFARで供給するということもしています。みんな血縁者の元で暮らしてはいるものの、そのおじ、おばにも養わなくてはならない家族がいて、よその子供にご飯を与える余裕も無いのです。そこで、ここに1日1回のご飯を食べに来ていると言っていました。そのため、キャンプのたびにやってくる私たちを含めた外国人には慣れているといいます。写真も撮られ慣れているようですが、そんな過酷な環境で私たちに笑顔を振りまいてくれるあの子たちは、何を考えているのか、私たちを誰だと思っているのか、少しは良い思い出として感じてくれているのか、私たちは何て恵まれて生活しているのだろうと考えさせられました。その子たちを含めたスラムの子供たちは、親に利用されていることもままあるそうです。

 薬局にいたときの話ですが、とても可愛い子に出会いました。ニコニコしていて人懐っこくて、あっという間に仲良くなりました。母親が小児科、内科、歯科を全部回ってから帰ろうとしたためか、ほぼ一日中いました。

 病院にくる人も全員が全員、具合が悪いわけではなく、悪いふりをしてくる人も多いという話を稲田先生に聞きました。特に頭痛や腰痛といった他人から見たら嘘か本当かわからない訴えに関してはどう判断したら良いか、明確なものはありません。ですが薬を欲しがって必死に訴えをしてくるそうです。みんなすごく欲しがるのは鎮痛剤や胃薬。大人が薬を転売するために、2日間も名前を変えて来るのは生きる術として仕方がない気もします。時として子供がそれに利用されてやってくるのはあまりにも見ていて辛かったです。別の親に連れられて、別の名前を名乗らされて、全く痛みがないのに演技をしているそうです。でも、子供はある意味正直で、会わなかったことにすることや、知らないふりをするなどということはできません。私たちとまたキャッキャと笑って遊んでいるのです。でも、隣にいるお母さんは、前日とは違う人でした。生きるというのは大変なことで、スラムで生きるというのは綺麗なことだけではなくて、私たちには目を背けたくなりことがあることも知りました。私の中でのあの小さい子の二日連続で会った時の笑顔が今でも忘れることができません。

 

これだけしか書かないと、一見みんなが誤魔化しているような聞こえ方ですが、実際は真菌・疥癬感染、咳、風邪、腹痛などの訴えを抱えて来ていました。普段病院にかかれない人にとって、この診療所は期間限定であってもとても貴重で、その印に、ものすごい長蛇の列が毎朝できていました。一日に見る患者さんは200人以上います。私は学生でもあり、薬局をやらなければならなかったため、診察にはほとんど携われなかったので、実際の診察についてはよくわかりませんが、いつかは私も診察できるようになりたいと強く思いました。ここでは地域医療よりさらに田舎での医療を行っているような気がします。検査もできず、薬も豊富にはなく、すべてが先生方の知識と勘に基づき、人とのふれあいを大切にしている、そんな医療なのではないかと感じました。私は地域医療に携わりたいので、そのような先生の姿勢を見ていて、とても心地の良い気分でした。どんなに利用している人がいるかもと思っても、感謝している人が大勢いると思えることが、何年間もこのキャンプを続けられ、またこのキャンプが大勢の先生方に支えられている理由なのではないでしょうか。最初にこのキャンプに参加するまでは、この活動も慈善活動のような、良いことをすることに意味があるような、そんなものかと思っていた気持もないわけではありません。ですが参加してみると、みんな一生懸命に毎日を生きていて、たまたまそれが先進国か、発展途上国かというだけで、こんなにも境遇が違ってしまうのならば、私たちはそれを還元することぐらいできるのではないかと思うようになりました。

 次に実際の設備や検査についても触れておきたいと思います。HIVの検査とは言ってもそんなに立派な検査器具を使うものではなく、簡易キットのようなもので測定をしています。それがいかに正確か、それよりも、何事もその場所に合った検査キットが必要です。このキットだと、検査を受けた次の日に結果がわかるそうです。検査は無料診療の際に希望すれば誰でも受けられます。この方法で行うと、日本でも産婦人科に行けば周りに知られることなく、周りにまぎれて性病の検査が誰にでも受けられるように、周りにばれることなくHIVの検査が受けられます。今回のキャンプを通し、検査を受けた100人以上の中から陽性と出た人は10人ほどで、そのうちの3人のみが新規の受診者で、残りはリピーターということでした。リピーターが全体の受診者の中でもとても多いという印象を受けました。

 女性はこの地域ではとても地位が低く、男性から迫られると拒むことはできません。また、身体を商売道具にしている人も多くいます。男性はどこでどのような関係を持ったか話すわけもなく、女性自身が仮に1人の男性としか関係を持っていなくとも、男性がウイルスを運んでくることもあります。そのため自分がいつ感染したか気が気ではなくて、毎年のように検査を受け、自分が無事か否かを確かめなくてはならないのです。そして陰性であれば今年は大丈夫とほっとし、また来年には不安になる。この繰返しだそうです。女性の検査が陽性であったら、パートナーはどのような反応をとるのか。半数ほどのカップルはきちんと相手も受け止めて、考えてくれるそうです。どんな場所でも治療を続けていくことはとても大変なことでもあり、まして薬の副作用などからも女性としての魅力が失われてしまうことは辛いことだと思います。一夫多妻が許される社会で、半数のカップルが相手の女性のことを考えてあげられるというのは私にとっても意外なほど多くの割合でした。

 フォローアップをしているときには、母体感染してしまった子も来ていたのですが、その子は5歳前からずっとHIVと向かい合わなくてはなりません。稲田先生はそういう子にはおもちゃをあげるなどして、少しでも楽しい思い出を作ってあげたいと言っていましたが、どんなに忙しくても、そういう細やかな配慮ができる人間でありたいと感じました。また、子供は親が連れてこないと診察には来られません。つまり、通うことを拒否してしまうことで、子供は治療されることなく過ごさなくてはならないのです。

 子供だけではなく、大人でも予約を入れていた日に診察にきちんと来ないことは普通のこととして存在します。2人のカウンセラーが、きちんと前日に確認をしても来ないのです。ここではみんなその日に生きていることに一生懸命で、明日の予約などというのは無いに等しいものだと言います。その人たちに治療の大切さを説き、明日の診察に来てもらうというのは想像もできないほど根気のいることではないでしょうか。ILFARで働くスタッフの何人かもHIV陽性だと書きました。稲田先生の配慮から、陽性者をあえてスタッフとしてカウンセラーやスワヒリ語・英語の通訳士として起用しているとのことです。

 中でもカウンセラーはとても難しい仕事で、CD4などの数値の下降の意味するところ、今後の治療方針、B肝の抗原の意味など、丁寧に誰にでもわかるように、治療に参加してもらえるように説明する必要があります。患者さんはもちろん、この2人のカウンセラーも全くの初心者です。先生はこの二人に満足のいく説明ができるように教えるのに大変苦労なさったと言っていました。スワヒリ語を完全には話せない私たちからすると、スワヒリで少し違ったことを言われても気づけません。また、それをいいことに意も介さないことを指示する人もいると聞きました。そんな中、一番の要の仕事を現地の人に任せるに至ったこと、その人と揺るぎない信頼関係を気付くまでというのは、私たちが考え、一言で言い表せるほど簡単なことではなく、いかにこのシステムを構築するまでに努力を要したかを考えさせられる点でもあります。

 

先生の数々の話を聞いていて、全くの異文化での信頼関係構築をすることの難しさ、裏切りを生きる術ととらえなくてはならない複雑な側面などを教えられた気がします。どんなに人が好きで救いたいと思うとは言え、耐えきれないほどの裏切りも多い社会では本当に何を信じたら良いかよくわからなくなります。それでも彼らを救いたい、私もいつかは診療がしてみたいと思わせられるのですから人間とは不思議なものです。

 

余談ではありますが、フリータイムをいただき、1日サファリと買い物に行きました。この5日間のキャンプが予想以上に印象的で、最初はすごく楽しみだったサファリも、今思うとあまりぱっとせず、今でも何を見ていたのか、夢だったのかという感覚です。買い物に関しても、思い出としては残りますが、いざ帰って広げてみたら、全く心が入っていなかったせいか、ほとんど人にあげるものはなく、母への旅行に行かせてもらったお礼の品ぐらいしかありませんでした。後付けの理由かもしれませんが、一番の楽しみのはずで行ったことが全く魅力的では無く感じるぐらい、私はこのキャンプを楽しんでいたのではないかと思います。人間頭が回らない時=興味があまりない時だと私は思っているので。

 

今回のキャンプで得た知識はあまり多くは無いのかもしれませんが、現地の人だけではなく、今回お世話になった日本からの先生方を含めた人とのつながり、地域医療のさらに根本のようなものを見、感じられたのではないかと思っています。世界中どこに行っても、私は今回感じたことを決して忘れることなく、最低限の医療も受けられないような人々を診てあげられる、そんな医師にないたいと思います。

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