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大往生なんか、せんでもええやん!

週末は養老孟司さんと内田樹さんの対談を聞く。相変わらず面白い内田さんの話。養老さんに直接お会いするのは初めてだが、本で読んだイメージよりも面白かった(失礼な言い分だな)。それにしても二人とも博覧強記で、どんどん話がでてくるのはすごいな。

日本全体が高齢化、過疎化しているという養老さんの話にうなづきながら、対談のあとすこし雑談。今日本人のほとんどは病院で死んでいるから、病院にいると人の死に目に会いやすい、、、みたいな話になる。すべての人はいつかは死ぬし、そのほとんどが病院で死ぬから、僕らにとって死は日常的な風景だ。

で、思い出したのが桜井隆先生の

大往生なんか、せんでもええやん! 大往生なんか、せんでもええやん!

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住み慣れた家で死ぬということをリアルに語った本である。僕が学生時代からあこがれた徳永進先生の本に通じるリアルな感覚が本書にもただよっている。

本書では患者と死に方について語る話と、がんの告知の話がでてくるが、それについて調べたことがある。もしよかったら読んでみてください。

http://jafm.org/journal/pdf/vol14no2/14_2_18.pdf

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コメント

岩田先生 こんにちは。

大変失礼と思いつつ、先生が死(死に方)について、そこまで深く考えていらっしゃるとは思いませんでした。

小学生で祖父を自宅でみとりましたが。そのときは、それが普通だと思っていました。実はそれは主流ではないということに、医者になってから気づかされました。そして、私は「人の死」を客観的にみれるほど、クールにはなりきれないということにも気づかされました。現在の科を選択した理由の一つです。

褥瘡訪問診療などから、在宅医療が一番自分の性格にあっていると思いつつも、転勤を余儀なくされる身では家族をも交えたディープな診療も中途半端になってしまい、もどかしいときがあります。

そして、advance directiveのお話。
かつて、数週間前から頭部のぶつぶつに気づき、増大増数するため受診した15才の男性がいます。皮膚生検で、悪性度の高いリンパ腫との結果でした。

「ニキビのようなものができて」とおっしゃっていたお母さんと受験を控えて猛勉強中の本人。

縦隔にも腫瘤があり、気管支を圧迫し、それによる呼吸状態の悪化で、転院してしまいましたが、もしも、私が告知する立場であったとしたら、どうしていただろうと、悩みます。

本人・家族と病との戦いは、告知された後から始まるのですが、それを受け止め、一緒に戦えるだけの、気力体力が私にはあっただろうか。と、悩みます。

先生は、そこを悩まないくらいの哲学をもっていらっしゃると思いますが、私はまだまだ、まだまだ未熟者です。

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